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 春水の部屋から出勤すれば当然、春水の香が七緒からすることになる。
 上司と部下の関係で男女の中になることを、七緒は恥ずかしく思っているようで、公にすることを拒んでいる。
 そこで春水は違う香を着けられるようにと、香炉を買ったのだが、同じ部屋にいる春水に着くのでは同じ事だと、素気なくあしらわれたのだ。
 従って七緒は今も尚、春水の部屋から出勤したことはない。
 泊まってくれるのは、特別な日だけなのだ。

 春水は気持ちの落ち着く香を選び、火を点けた。
 暫くして辺りに良い香が漂い始める。
「良かった。しけってなかった」
 香を吸い込み、七緒の様子を見ると、香の効果は絶大で、眉間の皺がなくなっている。
「…良かった」

 そして改めて七緒からの贈り物を見つめる。
 鴨居に掛けられた浴衣を。

 春水が七緒に浴衣や着物を贈る事は多々あるが、七緒からは大変珍しい。
 浴衣は初めてだ。

 白地に薄墨で描かれた荒々しい水紋様に、雄々しく跳ねる朱の入った錦鯉。
 七緒にしては珍しい意匠を選んだものだと思った。
 不意に春水はこの浴衣が無性に着たくなった。
 七緒が今着ている浴衣の意匠を思い出したのだ。
 穏やかな水辺に、睡蓮の花が咲いていた筈だ。
 そっと掛布を捲くり、確認すると水辺には小さく赤い鯉が泳ぐ姿が見えた。
 七緒の白いふくらはぎを見ないようにして、掛布を戻すと満足げな笑みを浮かべた。

 これは七緒流のお揃いの浴衣なのだ。
 春水は今着ている死覇装を脱ぎ、浴衣へと着替え七緒が起きるのを待った。


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