妄想今昔物語

「……」
 ひよ里は機械に向かって床に座り込んだ喜助の背中に、背中を合わせて凭れるように座った。
「何で真子たち、隊長に戻ったんやろ……」
「平子サン達は、責任を果たしにいかれたんでしょう」
 背中の小さな温もりに、喜助は穏やかな笑みを口元に浮かべたまま応えた。

「じゃあ、お前は戻らへんのか?」
「アタシはここででないと出来ないことをしているんスよ。瀞霊廷では涅隊長が存分にその役割を果たしてくれていますから」
 そう。瀞霊廷ではできない分析を現世で行える。しかも、瀞霊廷の権限などなしに自由に振る舞える。これが今の彼には非常に大切なことだ。
「……そう言う、ひよ里サンはどうして現世に留まったんですか?」
 ひよ里達にも瀞霊廷に戻る道は示されていた。
「十二番隊は、あいつが隊長やねんぞ!戻れるかい!!」
「はははっ」
 ひよ里の怒りにもっともだと喜助は軽い笑い声をあげた。
 それに、何だかんだいって、ひよ里は隊長である喜助の副隊長として側にいるのではないか。彼女は否定するだろうが、そんな気持ちがする。あえて指摘はしないが。


 長い付き合いで、誰よりもひよ里のことを理解しているであろう真子が、別れ際に頼んできたことからも伺える。

「……ひよ里が夜中に何かしても、黙って受け止めや」
「……その役割を、何故アタシに?」
「俺は、俺の責任を果たしに行く。ひよ里は瀞霊廷におりたないやろうからな。それに、あいつの隊長は喜助やろ」
 真子の表情は真剣そのものだ。長く隊長として務めてきた意識があるだけに、彼の方が死神としての感覚を取り戻すことが早かった。
 そして、真子が去ったあと頼るのは喜助であろうことまで見越している。
「しばらく、遊ばせたってや」
 無理矢理連れて行かないのは、ひよ里への真子なりの気遣いなのだ。
「わかりました」
 

 引き受けたからには当然受け止める。
「そうだ、暑くて寝苦しくて眠れないのでしたら、手伝ってくれませんか?」
「いやや。でも、ここだったら涼しくって眠れそうや」
 機械は熱を持つ。そしてその熱は機械にとって大敵だ。従って喜助の部屋には空調が効いていてとても涼しい。真夏の暑さなど感じられないのだ。
 喜助の仮眠用のベッドへとあがって、勝手に寝転がってしまう。
「そうですかぁ?じゃあ、明日手伝って下さいネ?」
「それもいやや」
 喜助との軽口のお陰でひよ里の目蓋は重くなってきた。ここなら嫌な悪夢も見ずに眠れそうだ。
 虚化したときの、嫌な夢。


 寝息を立て始めたひよ里を見て喜助がほほ笑む。
 

 願わくば、彼女の穏やかな眠りが少しでも長くありますようにと祈りながら。




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あきゅろす。
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