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展示室
絶望になれた私には崩壊こそが救いだったの










<絶望になれた私には崩壊こそが救いだったの>










 複製品はニンゲンじゃないから生きていては駄目なのか。

 ニンゲンとは違うから、生きていては駄目なのか。

 同じ世界でニンゲンや他の動物と同じように息をして、生活を営むことを許されないのか。

 ならば、なにをすることが許されるのだろう。

 なにをしたら許されるのだろう。
  
 贖罪は、この紛い物の命の灯火ひとつだけなのか

 違う、ちがうちがうちがう

 捧げるべきは

 俺の命じゃ…複製品の命じゃない



*   *   *



 暗闇の中、少年の仄暗く光った翡翠の双眸と柔らかな色彩の朱髪がくっきりと浮かび上がり、綺麗である色合いのはずなのに見る者を慄かせるような、狂気にも似た空気を纏っていた。
 少年は左手には身の丈ほどもある大きな鎌を携えてそこに佇んでいた。
 くるり、と片手で器用に鎌を一回転させてまるで流れ作業のように刃が天を向いた瞬間に横凪に振るう。
 すると劈くような男性の断末魔が絶叫が響き渡った。黒に塗りつぶされた世界の中で花びらのように散った赤い色の飛沫が少年の頬を濡らす。
 噴水のように噴き出す頬に付着したそれは、筋を残して頬を伝い唇まで落ちてくる。その赤を、さらに鮮烈な赤色の舌で以って掬い舐め取り、恍惚とした表情で少年は笑んだ。
 絶命しても尚、びくびくと痙攣を繰り返す男性の身体を跨ぎ、喉元から命の水を溢れ出させている男性の顔に己の顔を寄せて囁くように言葉を紡ぐ。

「アンタに複製品を貶す資格は無い。だって、アンタの方がよっぽど醜い存在じゃねえか」

 なあ?ニンゲンさん。
 少年は艶然と笑いながらいうと、上体を起こして歩き出す。

 ―――次の獲物を求めて。






 ルークの様子がおかしい。
 そういいだしたのは一番ルークを気にかけていたガイだった。
 しかしルークを除く旅の同行者に話を切り出したガイに向けられた反応は薄く、気の所為ではないかとあしらわれた。
 具体的に何がどうおかしいのかと問われてしまうと、ガイは返答に詰まってしまった。
 ただルークとの付き合いが長かったガイには漠然とではあったがルークの様子に違和感を感じられていたのは確かだった。
 アクゼリュスの崩落以降、ルークは徐々に壊れてきている。
 ガイはそんな風に感じていた。
 時折ひとりで居るルークの眼を見てそう思わずに入られなかった。

 ぞっとするくらいに虚ろな眼。

 やがてガイだけしか掴めていなかったルークに対する違和感が誰の眼にもわかるように表れた。

 盗賊との戦闘が終わり、ティアが一息ついてルークに怪我があるかを問いかけようとしたときだった。
 剣を持ったままだらりと腕を下げていたルークが、唐突に腕を振り上げたのだ。そしてそれをなんの躊躇いもなく振り下ろす。
 どすっと鈍い音がする。ティアは一瞬なにが起こったのか理解できなかった。
 ルークの足元には先の戦闘で死した盗賊の亡骸。そしてそれに深々と突き刺されたルークの剣。
 戦闘に参加していた他の仲間も唖然としていたのかもしれない。誰何の声もなくただ、肉が剣先によって潰されていくグロテスクな音しか鼓膜に届いてこない。
 潰され過ぎてただの肉塊と成り果てたものに無表情で淡々と剣を突き刺すルークと、ぐちゃっ、という耳を覆いたくなる音にティアは唇を戦慄かせ手で口元を覆った。
 
 あれは誰?ルークの筈がない。だってルークはひとを殺すことを誰よりも嫌がっていた。

 まるで悪夢のような光景だった。


「ルーク!!!」

 突然、空気を打ち破るかのように鋭い声が飛んだ。ティアはびくりと肩を震わせ背後を振り返る。
 声の持ち主はガイだった。険しい表情をしながら、彼はもう一度ルーク、と繰り返す。沈黙の中で発せられた声はルークの耳にも届いたらしい。振り上げて肉塊を突き刺そうとした体勢でルークがゆらりとガイを見た。その双眸を見たティアはひっと引き攣った悲鳴を上げかけた。

 光を宿さない空虚な眼。まるで死人のような眼だった。

 ガイは表情を崩すことなくルークの傍へ行くと、そのまま赤毛の頭を己の胸に抱き寄せた。
 しばらくして、ガイがルークの顔を覗き込むとそこには普段のルークの表情があった。眼も生気を取り戻し、光を帯びていた。
 
「大丈夫か、ルーク」
「え、俺は別に普通だけど?」
「…そうか、ならいい」

 不思議そうに首を傾げるルーク。だが、仲間間に流れる硬い空気は元に戻らない。
 ルークの狂気を見てしまった者たちの顔は引き攣ったまま。
 その中でただひとり、ガイだけはいつものようにルークに接していた。

 ぽつりと微かに落とされた呟きに気付かないままに。



「壊れろ。俺だけじゃないみんなが。みんな、みんなみんなみんなみんな」



 ――――――壊れてしまえ!



*     *     *



「ルーク…!!!」

 いつかのように叫ぶガイの声が響き渡る。
 その切羽詰った親友であった彼の声を意識が薄れゆく中で聞いていたルークはふっと笑みを浮かべた。
 天上から降り注ぐ眩い金色の光が、搭の頂に溢れる。
 あまりの眩しさに腕で顔を覆いながらも、ガイは決してルークから目を離さなかった。
 だから、最後に見たルークの表情に
 呆然としてしまった。

「ルー…ク……?」 

 立ち尽くすガイに向かって、赤毛の少年がそっと口を開いた。
 轟音が辺りを埋め尽くす中でルークの声はガイには聞こえなかった。しかし、ガイは唇の動きで正確に言葉を読み取って、くしゃりと顔を歪めた。

「っかやろう…!」

 万人といた人影が消え、大切な存在であった赤毛の姿も消えた。
 急に静けさを取り戻したその場でがくりと膝を折り、塔の上に在る青空を振り仰いだガイがポツリと零した。

「アイツの本当の望みは、コレだったのかもしれないな…」




 命を捧げたつもりは微塵もなかった。

 贖罪として瘴気を中和したつもりもなかった。

 別に残った者たちが自分の行動にいったいなにを想っているのかなんて、どうでも良い。

 石畳へブーツの音を反響させて返り血を浴びたまま鎌を引き摺りながら歩き、気分良く鼻唄を歌いながら先へ先へと進んでいた。

 足跡のようにニンゲンの屍を残しながら。

 殺し、壊しを続けて一歩また一歩と歩を進め、己自身の心を壊しながら。

 凶器で以て狂気を振り翳して。

 そして求めていたものをやっと手にすることが出来たんだ。


 
「あぁ、これでやっと     」















――――――――――――――
 この度は素敵な企画へ参加させていただき、有難う御座いました。
 黒ルクは好きなのですが自分で書くとなると上手く書けないことが多く、今回も試行錯誤しながらの書上げとなりました。
 絶望した黒ルクにとって<崩壊>という名の救いは、本当はなんだったのかを自分なりに考えての作品にしたのですが如何でしたでしょうか。
 稚拙な文章ではありますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





あきゅろす。
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