[携帯モード] [URL送信]
二律背反





「失礼しますー……」

独り言のような小さな声でそう言ってから、扉を音もなく開ける。
さっと中を見たが、どうやら先生は不在らしい。


「(ラッキーだ)」

それをいいことに、清潔感のあるベッドへ向かう。
次の授業がまさかの保健体育なのだ。
もちろん月子ちゃんは別枠なのだが、私がそうなるわけもなく。
さすがに真面目に受ける気になれなくて保健室まで逃げてきた、というわけだ。


「(ま、1時間だけのことだしね)」

そう自分に言い聞かせては罪悪感を払った。


「あれ、カーテン閉まって――――ぅおっ?」

閉まっているカーテンの隙間から手がぬっと伸びてきて、いきなり引っ張られた。
抵抗もろくにできず、重力にされるがまま前に倒れた。


「いた……くない、けど、え?」
「あれ、てっきり女の子だと思ったのに」

残念、と言いながらもいっこうに離してくれる気配のない彼は、確か水嶋 郁先生。 教育実習だとか。


「女の子、って……残念ですけど俺は男ですから」
「ふーん? 可愛い声だね、変声期来てないの?」
「そ……んなわけないじゃないですか。あんまり変わらなかっただけ、ですよ」

言い訳が苦しい。


「なるほど」
「というか、あ、あの、ちょっと離れて下さいませんか……」

何故か水嶋先生と私との距離はかなり近いまま。
というか、ベッドに腰掛けている彼に腕を引かれて強制的にその態勢を維持させられている。


「んー」
「いや、そんな悩まなくて……」
「嘘でしょ?」
「え、」

何かひやりとしたものが頭のてっぺんから足先へ走った。


「だから君、本当は女の子でしょ」
「や……」
「分かんないと思った? 残念だったね。
でも分からないわけないよ、年頃の男と女の違いなんて」
「……」

浅はかだった。
やっぱりバレないわけなんてなかったんだ。
女と男、なんて。
そんな決定的な違いなんだから。


「ねぇ、なんでそんな――」

その時、ドアの開く無遠慮な音が響いた。


「――あ、おい郁。またこんなところに……って誰だ?」
「えと、あの、この前転校してきたんです……」

ふーん、と保険医の星月先生はさして興味も無さそうに頷いた。
正直助かった、と胸を撫で下ろした。
水嶋先生は少し悔しげな視線を私にしばらく送っていたが諦めたようだ。


「なんだ、仮病ならお断りだぞ」
「あははは。それは残念です。じゃあ俺は教室戻りまーす」
「そうしろ」

それだけ言ってそそくさと、そこから退散した。


 § § §


「……ねぇこたにぃ?」
「なんだ」

保健室に残っている琥太郎と郁は、目を合わせることもなく喋り始める。


「さっきの子のこと、こたにぃが知らないわけないよね?」
「……だったらなんだ」
「僕らの会話、外で盗み聞きしてたんでしょ」
「何のことか分からんな」

琥太郎のその反応を受けて、郁は嘆息する。


「――なんであの子あんなことしてるの」
「知らん」
「何、僕に言えないような理由?」
「だから知らないんだって」

琥太郎はそれ以上聞く気は無いようで、一言“五月蝿い”と言って郁を黙らせた。



(ミズシマ イク先生)
(あんまり接触しないで済むと)
(いいんだけれど)


to be continued...






*
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!