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気持ちいい事
あたし達三人は、次第に一緒に居る時間が長くなった。


「シロー、珈琲買ってきたぁ」


駆け寄ってきた遥の手から紙コップを受け取る。


無言で彼の頭を撫でる。


周りにいる生徒達は、はっとした顔でこちらを見た。

「はーははは、ペットじゃんペット!」


ひたすら笑い転げるのは伊藤くん。


今は名前で呼んでるけど。

「譲二声でかい」


遥が苦笑しながら言う。


「だってほんとじゃんよ!ははははは」


教室中に声が響き渡る。


「うん事実だよね」とあたし。


「シロまで…」


シロ。


あたしの名前。


といっても本名ではない。

遥がつけたもので、今では譲二もその名を呼ぶ。


譲二はあたしを呼びながら意味を理解しているのだろうか。


「腹減った…」とあたし。

「もうかよ。ちょっとは痩せようと努力しなさい」譲二。


「なんでそんなこと言うのっ」


あたしに代わって声を荒げたのは遥。


「可愛い、遥ちゃん」


譲二が茶化す。


「うるさいよ、もうっ」


いや、ほんとに可愛いよ遥は。


「んー、帰ろ」


授業も終わったしわざわざどこかへ食べに行くなんて面倒な事したくない。


「先帰ってていいよ、俺、何か買ってくから」と遥。

「まじで。ありがと」


「じゃあ俺一緒に帰る」


譲二が歩きだすあたしの手を握った。


そのときの遥の顔。


彼は嫉妬心を丸出しにして、泣きそうな顔をしていた。


あいつ絶対マゾだって。


調子に乗ってとびきりの笑顔で言ってやった。


「待ってるから早くね!」







「遥すげー可愛い顔してたねー笑」


帰り道、譲二が思い出し笑いをしていた。


「可愛いよねあいつ」


「シロも、可愛いけどね」

「あら、ありがとう」


「遥に意地悪してるときの顔も可愛いし、泣かせてめちゃくちゃにしてもそれはそれで可愛いだろうしさ」

譲二はサディストなのかな?


「今度さぁ、シロの絵描かせてよ」


「絵って?」


「俺ねぇ、画家目指してたの」


「初耳」


「だろうね。初めて言ったもん」


譲二はにこにこ笑っている。


いつもそうだ。


友達も多いし、セックスフレンドにも困らない。


「俺、二年間美大に行ってたんだ。辞めたけど」


「あぁ、じゃあ年上なんだ」


「そうそう。わかんないでしょ?俺、ヤングマンに溶け込んでるでしょ?」


「はいはい」


口が達者で愛嬌があって、話題も豊富。


「どんな絵を描くのが好き?」とあたし。


彼は、んー、と唸って少し考える素振りを見せた。


「空想を描くのが好き。あと綺麗な人描くのも楽しい」


「空想?」


「うん。頭で考えた事描くの。俺の絵、売れるんだよ」


「へぇ、見てみたい」


「ちょっとうち寄ってく?」


「行く!」


おまけにいい男だ。


下心で部屋に誘ってる?


どこぞの勘違い女じゃあるまいし、あたしは自分てものを知ってる。


そんなこと、ある訳ない。






「お邪魔します」


「どうぞ」


部屋は片付いていた。


なんてお洒落な部屋。


「凝ってるねぇ」


「ま、ね。これが俺の絵たち」


大きな画用紙に描かれたもの、藁半紙のような薄い紙に描かれたもの、ノートの切れ端に描かれたもの。


それらは木目の丸テーブルの上に重ねて置いてあった。


あたし達は並んでテーブルの前にあるソファに座る。

手渡されて、絵を一枚ずつ見る。


あぁ、この人の頭の中って…


「綺麗でしょ」


「…綺麗」


髪の長い女。


海に浮かぶ鴎。


月。


綺麗な絵ばかりだ。


さらに見ていく。


内容は突然激化した。


女に犯される男。


悪魔の前に差し出される美女。


自らの左手首に吸い付く少女。
少女の右手には剃刀。


「どう?」


紙の中の血液が、今にも顔に飛び散ってきそうだ。


「血、すごい」


「うん」


「見てる側が貧血になりそ…だけど、この感覚は好き」


あたしは体が割と丈夫で、今まで貧血なんて状態は経験した事が無い。


だからかな。


潔いまでの赤色の使い方に、気持ち良さを感じた。


「あぁ」


ごくりと、喉を鳴らす音が聞こえた。


「なに?」


「今の顔、すごい良かった」


「へ?そう?」


「セックスは嫌いだけど、俺、気持ちいい事は好き」

「セックス、嫌いなの?」

「うん。汚い」


「どこが?」


「女が、よがる顔」


譲二があたしに近寄る。


「だからさ」


あたしは絵をテーブルに置いた。


「よがるなよ?」


乱暴に押し倒されたが、全てがスローモーションのように見えた。









終わった後は死んだように、二人でソファに折り重なってじっとしていた。


上に乗っていた譲二が、あたしの体の横に座った。


テーブルの上の煙草に手を伸ばす。


「あたしも」


と言うと、彼は手に取った一本をくわえて火を点けて、あたしの口にくわえさせた。


「シャワー浴びる?」


「いや、いい。遥んとこ行かなきゃ可哀想」


「そうだな」


ゆっくり服を着て、仲良く部屋を出た。







「もうっ、どこ行ってたんだよ。人がせっかく飯を…」


遥はぷりぷり怒っていた。

いつもなら可愛いって思えるはずでも、今はただうるさいとしか感じなかった。

いや、うるさいとも感じなかった。


「聞いてんの!?」


「まぁまぁ、俺が寄り道付き合わせちゃったんだよ」

譲二が言う。


嘘吐くんじゃねー。


「どこ行ってたの?」と遥。


「コンビニ…」


「譲二んち」


譲二の言葉を遮って、あたしが言う。


「セックスじゃないことしてた」


「は?」


「寝る…」


そこから、意識が飛んだ。

喉が痛くなるまで泣き叫んだけど、気持ちよかった。

自分が大嫌い。


寝ている間に消えてしまいたい。


だから、いつもは寝る時必ず言う「起こしてね」という遥への台詞も言わなかった。


おやすみ。

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