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かっこいい顔とあどけない笑顔
がちゃがちゃ


「…」


「おっはよー」


「…」


「おい、もう起きろよー」

「…」


「ほんと寝起き悪ぃんだからぁっ、起きてってばぁぁ」


そう言ってベッドの上の体を揺さ振ると、青白い顔をこちらに向けて僅かに瞼を開けた。


「うっせ…」


「うるせーつったってあんた授業でしょうよ」

「眠い」


「俺だって眠いよ。ほら起きて」


僕は用意しておいたコーヒーカップを寝たままの彼女の鼻先に近付けた。


途端に彼女が上半身を起こす。


「気が利くのう」


ベッドの上であぐらをかき、カップを受け取り珈琲を啜る。


何口か飲んだ後、ベッドサイドにカップを置き、同じ場所から煙草の箱を取った。


なんてうまそうに吸うんだ。


僕もいただこう。


ベッドの前には黒くて丸いテーブルが置いてある。


その上にはガラスの灰皿。

僕の部屋にも同じようなものがある。


ラブホテルのものだ。


「シャワー浴びてくる」


彼女は灰皿の上で煙草をもみ消して、浴室へ行った。

煙草の火種を消し切る事ができない女は、男癖が悪いって聞いたことがある。


それは男にも言えることらしいけど。


僕は灰皿から未練がましく立ち上る煙を眺め、吸い終えてから彼女が残した吸い殻に自分の煙草を押しつけた。


テレビをつける。


朝のさわやかなニュースだ。


かなりのアホ面だったらしい。


「ひどい顔」


シャワーから出た彼女に言われた。


「ああ」


彼女はバスタオルを体に巻き付けて、違うタオルで髪を乱暴に撫でていた。


あんなに雑な扱い方をしても、彼女の黒髪はいつもさらさらと手触りが良い。


テーブルの前に座り、三面鏡を開く。


櫛で髪をとかし、ドライヤーを当てる。


「やってあげる」


そう言うと、ドライヤーは僕に手渡された。


彼女はというと、化粧を開始する。


「シロ、今日は2限に英語、5限に環境社会学」


「はいよ。3、4限暇だね」


「ゆっくり飯食えていいじゃん」


「だりいから一回帰るわ」

「じゃあ俺も」


「うん」


やがて髪が乾き、その後に化粧が終了して僕達はアパートを出た。


もちろんシロの部屋の鍵は僕が閉めた。


彼女は何でも面倒くさがりすぎていけない。


二人で大学までのわずかな道のりを歩く。


何人かに挨拶をされ、軽く受け流す。


僕らは付き合っていると思われている。


そりゃそうだ。


朝から二人で同じ部屋から出るのを何度も見られているし、二年生になってからというもの同じ授業を履修し常に一緒に居る。


というか僕が居させてもらってる。


彼女には依存しきっているから。


大学への入学が決まって、一人暮らしをするために実家から越してアパートの挨拶まわりをしたときから彼女を意識した。


彼女はまず愛想が良かった。


すぐに仲良くなり、僕はゲイであることを告白した。

彼女はサドでありマゾであることを告白した。


お互いに売りをやっていることもわかった。


僕は狙った相手だけを自分の虜にさせてしまう彼女の特技に魅力を感じた。


僕も狙われていたのだろうか。


きっとそうだろう。


だからここまで依存しているのだ。


僕は、相手に尽くす事で自分を好きになってもらおうとするし


相手がどう思おうが僕は好きだってとにかく主張しちゃうタイプ。


嫌われていたって、好きになってもらえなくたって、ただそばに居たい。


だけど彼女は違う。


自分を好きにならなければ、嫌いなのだ。


自分からは好きにはならないのに随分勝手な話だ。


だから自分に惚れなそうな相手には決して近づかない。


そして、惚れそうな相手をすぐに見抜き虜にさせ尽くさせる。


僕と正反対だ。


見た目も、彼女はグラマーで見る人によってはデブだっていう人もいるけど僕はそうは思わない。


黒髪は胸のあたりまでのストレートで、化粧は濃くない。


商売なんて全く無縁というような、涼しげで幼い目もと。

美人というより、可愛い顔立ちだといえる。


一方僕は、身長が高くてかなり痩せてる。


鎖骨フェチの客には喜ばれる。


髪は長めで麻みたいな色、ゆるいパーマがかかっている。


痛みまくってるけど、彼女は似合うって言ってくれるからお気に入り。


顔はハーフっぽいとかよく言われるけど、この高すぎる鼻はコンプレックス。


二重の幅が大きすぎるから寝てても少し開いて白目剥くし。


とにかく僕らは正反対。


物思いに耽っている間に学校に着いた。


「珈琲買ってくるから席とっておいて」


「うん」


彼女に荷物を渡され、講義室へ歩きだす。


後ろから二番目の席に座った。


彼女の荷物は隣の、窓際の机の上に置く。


やがて彼女がやって来た。

無言で僕の隣に座る。


両手に持っていた紙コップのうちの片方を手渡された。


こういう優しさが堪らなくいい。


授業が始まり、僕らは真面目にホワイトボードの字を写した。


一時間半、たっぷり集中した後は外の喫煙所に向かう。


「二人ってさぁ、付き合ってんの?」


喫煙所には同じ学科の男の子がいた。


今まで一度も話した事が無かったので、まさか僕らに話し掛けているとは思わなかった。


「いやいや、無視とかやめて」


「え、あ、ごめん。何?」

「付き合ってんの?」


「ううん」


僕が答える。


構内にはいくつか煙草を吸う場所があるが、今この喫煙所には僕ら三人以外誰も居ない。


「…あんたらちょっと似てる」


シロが言った。


「あんたらって笑。俺、伊藤」


その男の子が言う。


似てる?


身長と痩せ具合だけじゃないか。


どこにでもいそうな茶髪だが、目が眩むような色男だ。


僕なんかには似ても似つかないじゃないか。


「そう?嬉しい」と彼、伊藤くんが言う。


「伊藤くんちってうちのアパートの近くだよね」とシロ。


「前ゴミだしてるとこ見た」


「あ、ほんと?声かけてよー」


「あたし人見知りすんの」

「まじかー」


彼はげらげら笑った。


人見知りなんて言葉の存在すら知らなかったみたいな顔で。


すごく好感の持てる笑顔だ。


通りすがりの男女に声をかけられている。


友達も多いんだろうな。


学科の誰と誰が付き合ってて、誰が誰を好きで、なんて情報に精通しているのだろう。


そしてまだ話した事もない僕らに興味を持った。


普通の大学生の匂いがした。


数人の男女の元から戻ってきて、彼が言う。


「家も近いことだし5限まで暇だから一緒に居て」


「あたしたち部屋戻るとこだよ」


シロが煙草を灰皿に押しつけた。


今度はしっかり火が消えている。


「行っていい?」


シロはほんとに人見知りする僕を見た。


僕は、いいよと言った。


「やったぁ」


彼は全く嫌味なく、そう言って僕らのあとについてきた。


その間、彼はありとあらゆる話で僕らを笑わせた。


三人で僕の部屋へ。


隣がシロの部屋だという事は言わなかった。


鍵を外から、しかも僕が開けたりしたら変じゃんやっぱり。


「きれいな部屋だね」と伊藤くんが言った。


「物が少ないだけだよ」


無機質な部屋だ。


最低限の家具しかないのだから。


「適当に座って。何飲む?っても珈琲と麦茶と牛乳と酒しかないけど」


シロは珈琲と言い、伊藤くんは酒と言った。


僕はそれらを用意して行った。


「ありがとう」


「いただきます」


「しかし伊藤くんてかっこいいよね」


「そう?後藤くんに言われると嫌味にしか聞こえない」


「嫌味なんかじゃないよっ」


彼はまたげらげら笑った。

「わかってるよそんな必死にならなくても」


「もてるでしょ」


シロが言う。


「まぁまぁかな」と彼。


男好みの顔でもあるよね、という言葉を危うく出すところだった。


危ない危ない。


彼はそんな事聞いたらびっくりするかもしれない。


まだここから居なくならないで欲しかった。


この顔は好きだ。


「男にも、もてるでしょ」


シロはさらりと言った。


「うん。俺は両刀だしね」

「へぇ。意外」


なんて会話を!!


というか両刀!?


「病気には気を付けないとね」


「だね。あ、皆さんノーマル?」


「あたし女無理」


「後藤くんは?」


「ぼ、俺は、男のみ」


「へぇーじゃあほんとに付き合ってないんだ」


実は付き合ってんのかと思ったよーと笑う。


「伊藤くんは付き合ってる人いんの?」とシロ。


「いないよ。セフレはいっぱいいるけど」


「みんなバイって知ってんの?」


「大学の人には言ってない。やらせてくれなくなっちゃうじゃん?ははは」


あぁ、そんなかっこいい顔でそんなえぐいこと…


興奮しちゃうじゃんか。


二人は会話を楽しんでいる。


爽やかな顔してるけど、お昼のこの時間帯に話す内容じゃない。


楽しそうに話す二人を見ながら軽く嫉妬感を覚えたりして、僕はただただ伊藤くんのかっこいい顔とシロのあどけない笑顔を見つめていた。



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あきゅろす。
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