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キリリクの部屋
35000HIT記念ダリア様リク 巻ノ中 by由乃
   『夏に出逢ふモノ』


優斗は、結局ナオと待ち合わせをした午後二時になっても、お礼に何をして貰うか決められなかった。優斗が昨日と同じ場所に着くと、そこには既にナオが立っていた。

「あ、優斗さん」

 ナオはこちらに気付くと嬉しそうに笑顔を向けた。それを見ると優斗も思わず笑顔になってしまう。

「ナオ……さん、早かったんだね。待たせちゃったかな」

 時計は二時の十分前を示している。

「ナオでいいですよ。全然、待ってないです」

 ナオはそう言って手をヒラヒラと振る。

「そっか、良かった。あ、それと、俺も優斗でいいよ。あと敬語もナシ」「はい、分かりました優斗さんっ」

 楽しそうに返事をするナオだが、自分が言ったことの意味がちゃんと伝わったのか優斗は心配になってしまう。一拍置いてから、ナオの「しまった!」という顔を見て安心した。

「あ、それで優斗……は、お礼何がいいか決めた?」

「それが、昨日からずっと考えてたんだけど、いいのが思い付かなくてさ」

「そうですかぁ。じゃあ何がいいか考えるの、あたしも協力します!」

 ナオは鼻息荒くガッツポーズを決める。

「ははっ、ありがとう」

ナオとは昨日知り合ったばかりなのに、一緒にいると穏やかな気持ちになっていくのを優斗は感じていた。それはきっとナオが見せる何気ない仕草や柔らかい表情に影響されているのだろう。

「それにしても、今日も暑いですねぇ……」

ナオの額に汗が滲む。辺りの木には沢山の蝉がいて、皆命の全てを賭けるように鳴き続けている。儚い命を乗せた声は力強くどこまでも響き、小さな生を遠く主張しているかのようだ。しかし、その声は日陰にも入らず意地悪な太陽に直接晒されている優斗とナオにとっては暑さを助長するだけの雑音に過ぎない。

「こんな所にいたんじゃ、頭が沸騰しちゃって何も考えられないね。とりあえずどこか涼しい所に行かない?」

優斗は首筋を伝う汗を拭いながらナオに提案した。

「はい、このままじゃ私倒れちゃいます……」

ナオは早くもフラフラと上半身が揺れ始めた。

「わっ、大丈夫?」

とっさに優斗はナオの肩を抱いた。心配してナオの顔を覗き込むと、ナオが優斗の目をジッと見つめている。思ったよりも近くに顔があって優斗は驚いた。

「あ……ご、ごめんっ」

パッと手を離して距離を取る。今ので体温が二、三度上昇したような気がする。

「いえ、すいません。私暑いのって苦手で……」

そう言ってナオは少し照れくさそうに笑った。さっき間近で見たナオの目はクリクリと大きくて、まるで猫のようだった。昨日の猫はナオが飼っている猫らしいし、飼い主がペットに似ることもあるのだろうか。

「じゃあとにかく涼しい所に移ろう。とは言っても、どこに行こうか」

「あ、だったら私、良いとこ知ってます!」

ナオは突然暑さなんて忘れたかのように生き生きとして、優斗の手を取り歩き出した。

ナオが優斗を連れて来たのは山の中。手入れされていない木や草に囲まれて分かり難くなった細い道を登っている。

「へぇ〜、こんな所あったんだ。この辺りはよくウロウロしてるのに知らなかったな」

しかし、所々草が踏みしめられた跡や、道を塞いでいたであろう木の枝が伐られていたりと、人が立ち入らない場所という訳でもなさそうだ。

「割と距離歩いたと思うけど、目的地まではあとどのくらいなの?」

山の中で、生い茂る木々が太陽の日差しを遮り、多少暑さがマシになっているとはいえ、山道を進むことで体温が上がってしまいあまり涼しいとは言えない状況だ。しかも蝉たちとの距離が近い分、より一層やかましい声が優斗たちにまとわり付いてくる。しかし、ナオの様子を見ると確かに暑さには参っているようだが、女の子が山道をこれだけ歩いて息も乱さないとは、以外に体力があるようで優斗は驚いていた。

「もうすぐですよ。もうすぐ着きます」

ナオの後に付いてもう少し行くと、突然僅かに開けたスペースに出た。

「ここですっ」

ナオが手を広げた先には、古ぼけた小さな神社があった。鳥居をくぐり敷地内に入る。掘っ建て小屋程の大きさしかない本殿の前に、飾りのようにお賽銭箱が置いてある。

 なんだか不思議と、空気が澄んでいて、木々の屋根もなくなったというのに妙に涼しい。

「優斗、こっちこっち」

ナオが先に行って手招きをしている。こんな不思議な空間で、昨日出逢ったばかりの不思議な美少女に手招きをされていると、なんだかこの世ではないどこかに誘われているかのような感覚に襲われそうだ。

「優斗、どうかした?」

 優斗がふと我に返るとナオが心配そうに優斗を覗き込んでいた。

「あ、いや、なんでも。それにしてもここはなんだか不思議な所だね」

「うん。ここは私のお気に入りなんだ。他の人には秘密だよ?」

そう言いながらもナオは奥へと進んで行き、本殿の裏へと回り込んだ。

「ここが私の知る限り、この辺りで一番涼しいところだよ」

本殿の裏は、一メートル程の間隔を置いてすぐに木々が生い茂っていた。石と木だけで造られた本殿の屋根と木々による自然の屋根で、太陽光どころか雨風さえ防げそうだ。

「ちょっと待っててね」

ナオは優斗を置いて再び本殿の裏を出て行った。向かった先には水が張られていた。龍をかたどった物から水が絶えずチョロチョロと流れ出している。ナオは転がっていたバケツを拾って、水を目一杯掬って運んできた。

「いっくよ!」

ナオは掛け声と共に水を撒いた。飛んできた水飛沫が火照った体に触れて何とも言えず気持ち良かった。

「あそこの水は湧き水なんだよ。だからとっても冷たいの。飲むんだったら、綺麗な柄杓があるから使うといいよ」

「ホントっ?」

まさに至れり尽くせりだ。

「私も貰おっと」

しばらく二人は無言のまま水を飲むのに必死だった。冷たい水は見る見る体の余熱を奪っていってくれる。

「あ〜、それにしても本当にここは涼しいね」

優斗とナオは本殿の壁にもたれ掛かって座った。さっきは気付かなかったが、先客の猫が三匹そこで昼寝をしていた。

「外がこう暑いと、コイツらみたいに涼しい所で昼寝するのも贅沢だよな」

ここにいると外の世界が暑かったのが嘘のようだ。

「うん、ホントその子たちは贅沢者だね」

「でも、ナオのお陰で俺も贅沢者の仲間入りが出来たよ。ありがとう」

「どう致しまして」

優斗とナオはお互いの顔を見ながら笑った。

「でもどうしてここはこんなに涼しいんだろう?」

「ねぇ、ここがどこだか分かる?」

「どこだか……って?」

「実はここって、私たちがいた村とは反対側の面になるんだよ」

「反対側?」

 つまり山道を登りながら山をグルッと一八〇度周り込んでいたらしい。

「そう。なんかこっちはね、地形的に太陽があんまり当たらないみたい。しかもこの隙間は屋根とかのお陰で一日中日光が射さない!」

「なるほど。地熱が上がることがないからこんなに涼しいのか。凄いなぁ」

その上、湧き水に繋がる水脈が地下を通っているから、その分更に地熱が低くなっているのだとナオは語った。

「それにしてもこんな場所よく知ってたね。俺ホントに全然知らなかったよ。涼しいし、空気もなんだか澄んでる感じがして気持ち良いし、凄くいいね」

優斗はすぐにこの場所が気に入った。喉が渇けば綺麗な水が飲めるし、こんな暑い日にエアコンとは違う自然の涼しさの中で、隣にいる猫たちと昼寝でもしたら本当に気持ちが良さそうだ。

「良かったぁ、気に入って貰えて。ここは私のお気に入りの場所だから優斗にも気に入って貰えて嬉しいな」

ナオは優斗に向かって微笑んだ。本当に嬉しそうな笑顔だ。

 優斗は静かな空間にナオと二人きりだということに気付き、急にドキドキし始めた。

「あ、そ、そうだ!」

「どうしたの?」

「お礼、何して貰いたいか思い付いたよ」

「えっ、ナニナニっ?」

ナオが身を乗り出して聞いてくる。

「ここみたいな、ナオのお気に入りの場所を他にも教えて欲しいな。出来たらでいいんだけど……」

「いいよ! もちろんいいよ! お安いご用さ!」

そう言ったナオは、善は急げとばかりに優斗の手を取り走り出した。

本当に一生懸命なんだな、と思いながら、優斗はナオに引っ張られながら再び山道を突き進んでいった。



都会よりもやや小振りなカラスが、朱に燃え上がる太陽の前を横切っていく。時折響かせるその鳴き声は、なんとなくもの寂しいような懐かしいような、そんな思いを沸き立たせる。

太陽はその奥で、背景に甘んじながらも仕事は最後まで丁寧にこなしますとばかりに、手を休める気配を見せないでいる。



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あきゅろす。
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