その執事、先生
『ユウー、なんかスースーする』
「我慢してください」
ユウの卒業した学校で、既に主人が見つかった生徒たちを集めて行われるパーティが開かれることになった。
生徒はもちろん、その生徒の主人もパーティには参加しなくてはならない。
そしてあたしは今まで一度も着たことのなかったどれすというものに袖を通している。
『アレンさんも行くの?』
「そのように旦那さまが言ってました」
『・・・もう敬語じゃなくていい』
この和室とあたしの着ているどれすはみすまっちで家の外には黒塗りのベンツが用意されていた。
ユウもいつものすーつとは少し違う、すーつを着ていた。
キュッと締められたねくたいがいつもより少しだけ似合っている気がしたのは、内緒。
「ほら、行くぞ」
『ま、待って。これ歩きにくいよ』
ひーると呼ばれるかかとに細くて折れてしまいそうな棒がついている。
足の裏が反れ上がっているし、すかーとはヒラヒラしてて風がよく通るし。
車には何度か乗ったのとはあるけどやっぱり慣れない。心配性な親のせいで、外出はあまりしたことないから。
「では神田くん、千里を頼んだよ」
「承知しました、千里さまこちらへ」
『お父さま、行ってきます』
一礼してから車に乗り込んだ。
内装はびっくりするくらい華やかで、ソファが車の中についていたり"しゃんでりあ"と呼ばれるものが揺れていた。
車に乗ること30分ほどで到着した。
『ユウ、人がいっぱい・・・』
どれすを着て執事であろう男性と一緒に立っている綺麗な女性たち。
あたしなんかがこんなところにいていいんだろうか、と本当に不安になった。
綺麗な女性たちとは裏腹に、男性同士のところもある。その中で一際目立つ白い頭を見つけた。
『あ、アレンさん!』
「千里さんも来てたんですね、このパーティ」
『はい、ユウに勧められまして』
ラビさんと目が合うと、ニコニコと笑って手を振ってくれた。でもあたしはどうすればいいのか分からなくて頭を軽く下げた。
あんなことがあってから、ラビさんが少しだけ怖い。前はアレンさんが何を考えてるのか分からなくて怖かった。
そんなことをしてる間に照明が少しだけ暗くなり、舞台の上にひげの生えた男性が現れた。
『ユウ・・・、だれ?』
「あー、この学校の校長だな」
他の人に聞かれないようにあたしの耳元で静かに囁いた。
執事は主人に忠実で常に敬ってなくてはならない存在なのに、主人に対して敬語じゃない執事など執事失格。
しかもこの学校をトップで卒業した執事がそんなことではこの学校の名誉が失われるからだ。
「では代表として、神田ユウからの挨拶です」
「・・・はい」
『え、ちょっと・・・あたし何も聞いてないんだけど』
あたしの腕を引いて舞台へと近づいていくユウ。その横顔を心配そうな顔で見つめているあたしの視線には気づいてない。
舞台への階段を一段一段、上ってゆく。マイクを渡されたユウ、何・・・話すんだろう。
「この方が私のお仕えする、櫻田千里さまです」
千里さまは、世界的にも有名な剣道の家元の家系に生まれ育ちました。
そして18歳という若さで剣道家元の頭首をなされています。
剣の腕は世界レベルで、毎年数多くの大会で優秀な成績を収められています。
ユウの口からは丁寧な言葉であらしについての情報が次々に出てくる。どうしていいのか分からずあたふたする千里。
「ではお嬢さま、一言どうぞ」
『・・・あ、あの』
会場は暗くて舞台のみが照らされているため、舞台の上からだと会場の人たちがあまり見えない。
そのためあまり緊張することはないのだがいきなり話を振られ、何を話したらいいのか何も分からない。
どうしよう、と思ったその時・・・後ろから聞こえた声によってあたりが桃色の声に包まれた。
「はーい、みなさん食事の用意が出来ましたよ」
「先生!」
『・・・え?』
あたしの肩をポンッと叩いた背の高い人、ユウは先生と言っていた。
会場にいた女性たちは"ティキさま"と言っている。そして料理のある部屋にぞくぞくと流れ込んでいく。
「初めまして、お嬢さま。ティキ・ミックと申します」
『こちらこそ初めまして、櫻田千里です』
タバコを咥えた少し癖のある黒髪があたしの目の前で笑っていた――・・
微笑む、紳士。
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