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その執事、嫉妬



お母さまは2日間、滞在した後病院へ戻っていった。
ユウとはあれから何もなく、普通に過ごしていた。アレンさんとはたまに会うくらいで、婚約してるとは思えないほどだった。

相変わらずあたしは英語とかが苦手で、毎晩ユウに教えてもらっている。






「・・・今日はここまでだな、たいぶ分かってきたか?」


『だいたいね、ユウの教え方が良いからよ』


「褒めても何も出ねェぞ。それよりも、千里」


『なに・・・?』






ユウが真剣な顔してあたしの名前を呼ぶもんだから、びっくりして顔が真っ赤になってしまった。
いつもとは違う低くて熱い声が耳を通って心へと刻まれて行くのが自分でも分かるような気がしていた。いつもと、違う?






「アレンとかいう奴の執事、アイツには気をつけろ」


『何を言い出すのかと思えば。大丈夫よ、ラビさんとは会ってない』


「そうか・・・あんまり心配させんなよ」


『ふふ、ありがとうユウ。さてと寝るとしましょうか』






電気を消して、ユウがおやすみなさいと言ってあたしの手の甲にキスを落とす。明かりがなくて本当によかったと改めて思う。
こんな真っ赤な顔を見せるわけにはいかないから。

ユウ、ユウ、ユウ、ユウ、ユウ――・・
呼ぶほどにその存在は大きくなり、想うほどにその存在は愛しくなり、焦がれるほどにこの胸は熱くなる。






『・・・ユウ、』






夢の世界ではだれもが幸せ。現実を忘れてのびのびと羽が伸ばせる自分だけの世界、自分中心の世界。


朝日が顔に当たり目を覚ます。最初に目に入るのは木製の天井と愛しいユウの顔――・・
おはようございます、と執事っぽく挨拶をして着替えを差し出す。朝は敬語で始まり夜は敬語で終わる。昼間は敬語じゃないけど。






「今日はアレンさまがお見えになるようです」


『分かった、ユウは仕事が終わったらあたしの傍にいて』


「かしこまりました。・・・一人で坊ちゃんと会うのが怖ェんだろ?」


『何でもお見通しね、アレンさんは何考えてるのかよく分からないの』







婚約したのはいいけど、あまり話したことがない。
ユウの気を惹かせるためにアレンさんとなるべく一緒にいよう、って決めたけどやっぱり少しだけ怖いよ。

だからユウの傍にいたい、あたしの不安を早く取り除いて――・・






「千里、お久しぶりです」


『アレンさん、わざわざ足を運んでいただきありがとうございます』


「いえ・・・それに婚約してるんですから敬語じゃなくていいですよ」


『あ、はい。じゃあアレンさんも、』


「僕はこれが癖なもので、すいません」






・・・沈黙。
当分してからラビさんがやってきた。

頬には擦り傷があり、スーツは少しだけ土がついていた。






『ど、どうしたんですか?』


「へへ、ちょいとユウとやっちゃったさぁ」


『待ってください、今・・・救急箱を持ってきます』


「はぁ・・・まったく、ラビ!きちんとお礼言いなさい」


「ありがとうさぁ・・・痛!」






"ありがとうございます、って言え!"とアレンさんがラビさんの頭を軽く叩いていた。
今、敬語じゃなかったよね?

アレンさんもあいいう表情をしたりするんだね、ちょっと意外かもしれない――・・






「すいません、千里。僕はちょっと席を外します」


『分かりました、ラビさんは任せてくださいね』


「坊ちゃん、行ってらっしゃいさぁ」






救急箱を持ってラビさんの前に座った。消毒液を傷口につけて、ティッシュで吹いた。
痛そうに片目を瞑っているラビさん。片方は眼帯で隠れてるから、片方じゃなくて両目を瞑っているのかどっちなのかは分からない。

綺麗な朱色の髪が揺れる。あたしの長い髪が揺れる――・・






「千里、」


『・・・え、ラビさん?』






持っていたティッシュが床へ落ちる。そしてあたしの髪の毛が床にふわりと落ちる。
体も床にべったりとつき、両手はラビさんの大きな手に掴まれていて動けないし・・・今の状況が上手く把握できない状態だ。

とにかく、ラビさんの顔が真上にあってどんどん近づいてくる。






「いやらしいさぁ、千里」


『やめ、て・・・っ』






その時、廊下から誰かの早足な音が聞こえてきた。
やだ・・・誰か来る。早くラビさんから逃げないと、このままじゃ接吻されてしまう。

やだ、やだ、やだ、やだ、やだ――・・






『助け、て・・・ユウ!』


「テメェ、何やってんだ!」






襖を開けたのは紛れもないあたしの執事、ユウだった。

襖を開けた瞬間、見たものは千里とラビが密着しているところ。ラビが千里を押し倒していた。
ラビを殴り、千里を抱き上げその部屋から急いで出た。


震えている千里をお姫さま抱っこで自室まで運ぶ。早く行けなくて、悪ィ。






『ユ、ウ・・・ユウっ』


「怖い思いさせてすまん、俺は執事失格だ」


『違う、ユウは悪く・・・、ないよ』






なんだ、コレ。

千里がラビに押し倒されている場面を思い出しただけで、なんだか胸の中がモヤモヤするんだ。
今すぐ千里を俺だけのものにしたくてたまらないんだ。おかしい、今までこんな気持ちになったことなんてないのに。






「千里・・・、悪ィ」


『ユ・・・、ウ?』






優しくあたしを抱きしめるユウ。
ユウの肩は震えていて、いつものユウとは全く違う。

いつもは大きく見えるユウが、今はとても小さく見えちゃうよ――・・






『大丈夫、あたしはここいいるから』






逃げたりしないよ、あたしはちゃんとユウの傍に・・・今ここにいるから。








091226




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