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その執事、感情


「・・・よかったな」






ユウはそう言って微笑んだ。あたしは泣きそうで苦しくて、その場を逃げ出してしまっていたんだ。
アレンさんはいい人だしあたしを大切にしてくれそうだし結婚しても何も苦労しなさそうだし。ラビさんもおもしろい人だし。

何も悪いことはないじゃない。何をためらってるの?そうか、あたしはユウのこと――・・






『はぁ・・・はぁっ、前にもこんなことあったっけ?』






あたしはユウの前にいると本当の自分を忘れてしまう、心の奥にしまい込んだ恋心が疼きだす。苦しくて哀しくて、涙が溢れ出す。
それはね、あたしがユウのこと本気で好きなんだと思うんだよね。初めて会ったときから感じてたこの気持ち。

それはコイ。一生無関係だったはずのコイを教えてくれたのはユウで、ぴあのも英語も全部全部ユウが一生懸命教えてくれた。






『あたしは、ユウが・・・すき』






今更だって思うけど、今までの不思議な感情は全部コイのせいだったんだね。
コイをすると胸がチクチク痛い、本当だった。頭の中は全部すきな人一色に染まる、その通り。少女マンガの中だけだと思っていたそんなこと。

実際、あたしの身に起き始めたんだ。他の女中さんと話さないで、あたしの傍にずっといて。あたしに結婚してほしくないと言って、あたしを大好きだと言って。
どんどん貪欲になっていく自分が憎いけど、しょうがないよ。ユウがすきなんだから・・・







「千里ちゃん、そんなところで泣いていたら風邪引くわよ」


『お、かあ・・・さま?』


「ふふ、久し振りね。病院の先生に2日間帰っていいって言われたのよ」






綺麗な着物に身を包み、あたしを呼ぶ愛しい母。久し振りに見た顔は前より痩せていて、それでも美しかった。
お父さまにはさっき会って来たという、もちろんあたしのお見合いのことも聞いてビックリしたらしい。執事のことも聞いたってお母さまは言っていた。

目を真っ赤にしていた理由をお母さまは問い詰めなかった。何も言わずに胸を貸してくださった優しいお母さま、大好きな匂いに包まれ・・・泣いた。






『あたし・・・もう、分かりません・・・っ』


「何があったのかは知らないわ、それでもあなたは強い」






前にもお父さまにそう言われたっけ?お母さんに似てあたしは強いから大丈夫だよ、って。その言葉でどれだけ救われた?


当分の間、お母さまに頭を撫でられながら子供のように泣きじゃくった。スッキリしたあとはお母さまと向き合って、話をした。
もちろんあたしの泣いていた理由を話した。お母さまには嘘は吐けないし、吐きたくない。






「そう、それでその執事くんはどこにいるの?」


『分かりません。あたしが逃げてきたから・・・、でもユウは悪くない』


「難しいわね、あなたの恋愛に口を出すのはどうかと思うけど・・・」






お母さまは、あたしに教えてくれた。
コイっていうのは、両思いになればいいってものじゃないってこと。すきって気持ちを絶対に忘れないこと。
たとえどんな悲しいことがあっても現実から逃げずに向き合うこと。コイは必ず誰もが成功するものではないこと、むしろ失敗する方が多い。

ユウをすきって気持ちを大切にしなくちゃいけない、結婚を反対されなかったからって逃げ出しちゃだめ。
だってユウはただの執事で、執事は主人の幸せをいつでも願っている。主人の婚約をお祝いできない執事なんて執事失格だわ。ユウは当たり前のことをしたの。






『あたしなりの作戦で頑張ります、お母さま・・・ありがとうございました』


「作戦?何かしら、頑張ってね千里ちゃん」






あたしなりの作戦。
アレンさんとは結婚はしないけど、婚約はしておっこうと思う。コイは絶対成功するとは限らないからと、お父さまをもう楽にしてあげたいという気持ち。
毎回お父さまが一生懸命探してくれるお見合い相手。いつもいつも断ってお父さまを苦しめていたに違いない。こんなんじゃだめだ。

それからアレンさんとはなるべく一緒にいる。お互いを知るためとユウの気をこっちに向けさせるため。
夜寝るときは一緒に寝たいとねだってみる、手を不意に握ってみる。あたしにしては本当に大胆な行動だけど、全部頑張るんだ。






『お父さま、あたしアレンさんと結婚まではいかないけど婚約します!』


「本当か!お母さんに何か言われたか、はっはっはっ・・・これでやっと決まりだな」


『今まで全員、断っていてごめんなさい。でも、』






あたしはお父さまにも話した。今は違うコイをしています、あたしは執事の神田ユウが好きです、と。

お父さまは知っていたかのような口ぶりで、後悔しないように頑張れとあたしを励ましてくれた。アレンさんとの婚約は正式に成立した。
櫻田家の近くに新しい大きな家を建設して、今はそこにアレンさんとラビさんとその他のめいどさんたちが住んでいる。


アレンさんのお父さまやお母さまも大喜びであたしを迎えてくれた。なぜかアレンさんの家族はみんな日本語が上手かった。







『ユウ・・・、こっち向いて』


「何だよ・・・っ!」






唇にあたしの唇が触れた。本当に泣きたいくらい勇気が必要だったけど、あたしにとっては本当に大切な日だったから・・・どうしても。
この日はユウがあたしの執事になってから丁度、1ヶ月だったから。接吻・・・しちゃダメかな?






『あたしの執事になってくれてありがとう、ユウ』


「・・・チッ」







090917



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