その執事、縁談
朝起きると、隣にはあたしの手をしっかりと握ったまま眠るユウの姿があった。
そうか・・・あたしがユウが部屋に帰るのを引き止めて傍にいてもらったんだった。そのまま寝ちゃったんだね。
その姿があまりにも美しくてとても男性には見えない顔つき・・・それに長い髪の毛ともあれば女性と見られてもおかしくないようなユウ。
『ユウ、もう朝だけど・・・あたしの服を持ってくるんじゃなかったの?』
「・・・うっせーな、もう少しくらい寝かせろ」
急に態度を変える。だってあたしが言ったんだもの、本当の姿でいてって。
それでもすぐには慣れないと思う。朝日が差し込む部屋には机と剣道の大会のトロフィーと賞状、それに金のメダル。
こんな和風な家にべっとなんていうものはない、みんな敷布団だ。たたみの上に横になって眠るユウはとても寝にくそうだった。
『あたしの服!執事なんでしょ、ちゃんと仕事してよね』
「は?・・・テメッ、何で起こしてくんねーんだよ!仕事放置できっか」
『ちゃんと起こしたってば、しっかりしてよユウ』
お仕事だけはきっちりとこなす彼にはきっと何か理由があってこの執事という仕事を始めたんだと思う。お父さまは知ってるみたいだけど教えてくれない。
自分で聞き出して、自分の力だけで解決する力が必要だとお父様はあたしに伝えたかったんだと思うんだけど。
ユウの持ってきた服・・・、服と言っても着物だけど。朝から剣道の稽古があって午後からは何もないけどお父さまに話があると言われている。
『髪の毛結って、高い位置で一つに束ねるだけでいいから』
「朝から剣道だろ?タオル持ってけよ、あと水分補給は忘れんな」
『はいはい、行ってきます』
全国制覇をもしたこのあたしを剣術で倒した者は誰もいない。いたとしてもそれはお父様かお母さまのどちらかだ。
お母さまはお体が悪いため、あたしを妊娠してからは一切剣道をしてないという。それでも昔はすごく強くてそんなお母さまに惚れたのがお父さまだった。
相手の親は結婚を喜んでくれた。それはお父さまの家がこの##NAME2##家だったからだ、財産目当てか何かは知らないがお父さまとお母さまの意見は変わらなかった。
いざ結婚してあたしを妊娠すると同時に病気を発見。あたしを産むかどうかを悩んだ時期もあったらしい。
それでもあたしを産んでくれたお母さま、病院生活も悪くないと言ってくれているがきっと寂しいと思う。
『お父さま、午後から・・・お母さまの病院へ行きませんか?』
「病院へは今度行くとして午後には私の部屋に来なさい。着物は部屋に用意してある」
『まさか、お見合いじゃないですよね?』
何も言わずにどこかへ行ってしまったお父さま。きっと午後からは暇で退屈なお見合いだ。
どいつもこいつもあたしには合わない人ばかり連れてきて。どこかの時期社長だの、有名な家の跡取りだの。
あたしの意見も聞かずに勝手に決めちゃう。この##NAME2##家に生まれてきた以上、しょうがない定めなのかもしれないけど。お父さまたちは、ちゃんと恋愛してた。
『ただいま、ユウ・・・あたし、』
「ほら、ご主人さまがお前にって持ってきたぞ」
『あたし今からお見合いさせられるの、ユウ・・・あたしが結婚しちゃってもいいの?』
「千里が結婚しても俺はお前の執事だ、死ぬまでずっとな」
止めてくれるのを少しでも期待したあたしはいけなかったの?
これで分かった、執事と主人との間には越えたくても越えられない高い高い壁はあるのだと。心の奥底で微かにだけどユウのこと意識している自分がいるんだ。
憧れとか好きとか嫌いだとか、そういう感情とはどこか違うんだけど。ユウだけには、せめて彼だけには結婚するなと言ってほしかった。
『そっ・・・か、分かった。あたし今日お見合いする相手と結婚する!それでいいんでしょ?』
「千里、そんな風には」
『言ったじゃない!止めてくれないなら言ったことと同じよ』
泣きたいのを我慢して、叫びたいのを我慢して搾り出した言葉がコレか。ユウを傷つけたかもしれないけど、あたしはどうしたらいいのか分からない。
もう、どうにでもなっちゃえばいい。結婚して、好きでもない人との間に赤ちゃんを産んで死んでいくだけ。
近くにいつでもユウはいるといったけど、そんなのいらない。もう、顔も見たくないわ。
『は、初めまして。##NAME2##千里です』
「遅いじゃないか、全く。アレンくん、こちらが私の娘の千里です」
「初めまして、英国から来たアレン・ウォーカーと言います」
「執事のラビって言うさ、坊ちゃんは黒いから気をつけるさね」
髪の毛が真っ白で一瞬、すごい高齢者の方かと思ってしまった。執事って英国とかでは常にいるものなんだと、勝手に認識した。
ラビって人はアレンさんが黒いって言ったけどどちらかと言うと髪の毛とかで白いような気がする。何が黒いんだろう。
お父さまは終始ご機嫌で、あたしもなんだかアレンさんとなら結婚してもいいかなぁなんて思ってしまっていた。ユウは・・・もう知らない。
「千里さんは執事とかいますか?僕の執事は変態ですから気をつけてください」
『あたしにも最近、執事という者が出来ました。神田ユウって言うんですけど、』
「カンダ?ラビ・・・!」
「ほいさー、カンダって男は俺がまだ学校にいたころ学年トップだった奴さ。ちなみに俺は一番下」
どこから現れたのかラビさんがユウについて話始めた。学校、学年トップ・・・知らないことが飛び交う中もしかしたらユウがどこかで見ているんじゃないかと思った。
小声でユウ、少し小さな声でユウ、中くらいの声でユウ、普通の声でユウ、大きい声で、
『ユーウー!いるんでしょ、出てきなさい』
「・・・チッ、なんで分かんだよ!おい馬鹿兎、テメーにこんなトコで会うとはな」
「久しぶりさ、ユウ!ってかてか、坊ちゃんと千里ちゃんの縁談がまとまりそうなんさ」
「あぁ・・・よかった、な」
細く微笑んだその笑顔がすごくすごく憎く思えた瞬間だった。
崩れ始めるこの関係
090901
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