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その執事、距離



「しょうがねェ、千里の前でだけ・・・本当の俺でいてやる」






耳元で囁かれて、あたしの顔が真っ赤になってゆくのを感じていた。敬語じゃないユウ、名前で呼んでくれるユウ。
あたしはどうしてこんなにも嬉しくて、心が急に跳ね出すのだろうか。ユウの長い髪の毛があたしの顔に当たってくすぐったいよ。

温もりが伝わってくる。腕を離そうとしないユウ、だからあたしもユウのこと・・・抱きしめちゃっても構わない?






「・・・千里?」


『あたしね、嬉しいの。ユウがあたしの前でだけ本当の自分でいてくれるっていうのが』


「ふっ、ようがねェだろ?俺の大事なおじょーさまのお願いなんだからよ」






そして、あたしの頬に軽くキスをしたユウはニヤリと笑うとあたしの長い髪の毛を少し手に取りそこにもキスを落とした。
風呂に入ったばっかりだから少し濡れていて、髪の毛も解いている。抱きしめられたときと同じくらい恥ずかしくなって顔を下へ下げる。


そんなことされたら、あたし・・・ユウのこと好きになっちゃうかもしれないじゃない。






「さて、英語の勉強するか?それとも、もうおねむか?」


『おねむとか言わないで、あたしそんなに子供じゃない!それに・・・ユウに教えてもらいたい』


「可愛いこと言っってっと、食っちまうぞ」






人間は物理上、誰も食べないと思うんだけどなーと呟くと鼻で笑ったユウ。悔しくて、ぷぅっと頬を膨らましてやった。
そんなところが子供っぽい、と言われようが構わない。ユウがあたしの傍にいるだけで安心できるようになってしまったから。

ほんの数日前まではユウがいないのが当たり前だった。あたしに執事が来なかったら英語も、ぴあのも知らないままだったかもしれない。






『でぃすいずあ、ぺん?』


「これはペンです、だ」


『へぇ、結構分かってきたかもしれない。ってもう12時過ぎてるじゃない』






壁に掛けてある時計に目を向けると時計の針は12時を15分ばかり過ぎていた。机の電気を消して、布団へ入った。
畳の上に敷いてある布団はあたしが風呂へ入っている間に女中が敷いてくれた布団だ。枕元には小さな明かりが点いている。






「じゃ、俺はもう自室へ戻る。また朝に着替え持ってくるかんな」


『・・・待って、あたしが寝るまで傍にいて?』


「チッ・・・」






舌打ちの意味は分からないけど、ユウはあたしの隣に座って手を握っていてくれた。
いつからこんなに甘えん坊になってしまったんだろう。恥ずかしいけど、あたしってばユウに頼ってばっかりだ。

こんな素敵な執事をあたしにくれたお父様に感謝しないといけないな。






「千里・・・寝たか?」






寝たことを確認してから、手を離そうとした。






『ん・・・嫌、どこにも・・・行かない、で』






そんなことを言われては、自室へ帰ることは出来ないと感じた神田は手を離さないように畳に横になった。
千里の寝顔を見ながら、ふっと笑うと目を閉じた。ここに来てから退屈だった俺の日々は楽しくなってきた。

偽ってきた自分をさらけ出すことが出来たのは今、隣で寝ている俺のお嬢様のおかげだ。敬語なんて俺には合ってない。






「この命が尽きるまで、俺はお前に・・・全てを捧げる」







090809



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