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その執事、敬語



その後のことは何事も無かったかのように、ユウはあたしを抱きかかえ髪の毛をとかして着物を渡してくれた。
さっきのユウの言葉はまだ覚えてる。何度言っても敬語をやめなかったユウが乱暴な口調であたしを怒っていたんだから。

一人部屋で立ったまま色々考えていた。扉のすぐ向こう側にユウがいるんだと思ったら、あの口調の意味を聞きたかったけれど。







「お嬢さま、お着替えは終わりましたか?」


『ま、まだ!全然まだだから、入っちゃだめよ』






ユウが、あの敬語に戻っちゃったから聞くに聞けないんだよね。今朝のあれはなかったことになってるし、話題を出しちゃだめな気がする。
それにお父様はきっとユウのこと何も知らずに雇ったんだと思う。だってユウは「ひつじ」じゃなくて「しつじ」だもの。
やっぱりお父様も和風な人間だから外の言葉は何も知らないんだ。きっとあたしよりも何も知らない、おばあさまもきっとみんな。

着物に袖を通し、ユウにとかしてもらった髪の毛をひとつに束ねる。ユウみたいに綺麗な髪の毛じゃないけど。






『終わったわよ、寝巻き洗濯しておいてね』


「分かりました。お嬢様はピアノのレッスンの準備をしておいてください」


『敬語はなしって言ってるじゃない。じゃないとクビにさせちゃうわよ、今朝みたいな・・・口調がいい』






言ってはいけなかったのかもしれないけど、やっぱりあの口調が気になって仕方がない。下を向いたままのあたしの顔が上へ向けさせた。
そしてあたしの唇にそっと、接吻をしたユウはニヤッと笑うと一言だけあたしに言った。

顔を真っ赤にするあたしをよそに、ユウは部屋から出て行ってしまった。ユウはどうしてあんなことを言ったのかしら。






「男はみんな狼ですよ、それでよければ今夜・・・俺の部屋に来い」






どういう意味が込められたのかは分からなかったが、最後の方は今朝の口調だった。男はみんな狼、意味分からない。
しかもユウの部屋へ行くにはお父様の部屋の前を通過しなくてはいけないのに。

もし見つかったりでもしたら絶対怒られちゃう。お父様だけには心配かけさたくないし、お母様のことで精一杯なんだから。


あたしのお母様は病弱であたしを産めたのも奇跡に等しかったらしい。お父様はそんなお母様のことでいっぱいいっぱいなの。






『さて、ぴあの・・・頑張ってみようかな』


「はい、その意気ですよ!ま、頑張れよ・・・おじょーさま」






髪の毛のゴムをとったユウが壁にもたれてあたしを見ていた。またあの笑みを浮かべて、手にはピアノの本を持っていた。
あまりの違いさに未だ戸惑っているあたしは、もう我慢の限界で頭が爆発しそうなくらいいっぱいだった。

ユウの口調の意味、なんで執事になろうと思ったのか、何がしたいのかさっぱり分からないから。聞くしかない、と思った。







『夜まで待てないよ、なんでそんなに・・・態度が変わっちゃうの?』


「今はまだ言えません。ですが、今夜まで待ってくれれば・・・お教えします」


『ごめんなさい、夜はだめよ。お父様に心配かけさせたくないし、だから聞かない。秘密のままにしておいて』


「お嬢様・・・、」


『いいの!・・・ユウが話せるようになったら話して。それと、敬語・・・本当にもうやめていいから』






ユウの顔を見ずに部屋を飛び出してしまった。だって、あんなに辛そうな顔・・・もう見たくないよ。
話したくなかったのに、あたしがしつこく聞いちゃったから、急に言うのは無理だから夜って言ったんだね・・・ユウ。

あたしはユウに最悪なことをしてしまったに違いない。ユウ、傷ついたよね・・・ごめんなさい。



目からは涙が溢れ出てきた。どうしよう、あたし・・・もう。






「千里、どうしたんだい?こんなところで泣いてると風邪引いちゃうよ」


『お・・・とう、さま?・・・あたし、ユウを傷つけちゃった!もう・・・分からないよ』


「千里が悪いと思ったんなら神田くんに謝ればいいよ、大丈夫・・・千里はお母さんに似て強いからね」






お父様はいったいどんな気持ちでお母様と似てるって言ったのかな。みんなそれぞれ悲しみを背負ってるんだ。
長く深い悲しみを溶かしてゆくように、あたしがみんなの苦しみや悲しみを変わってあげられたらいいのにって何回考えただろう。

悪いって思ったら素直に、ごめんなさいって言えばいいんだ。でもユウはきっと、笑顔でいいよって言ってくれるかな?






『ユ、ユウ・・・?』


「・・・ったく、今までどこにいたんだ!心配したんだぞ、千里」


『あの・・・ごめんなさい。あたし、ユウのことなにも知らなかった・・・』


「フッ・・・そんなもん、今から知ってけばいいだろ。急ぐ必要はないんだぜ、おじょーさま」






ユウはあたしに心を開いてくれたのかな。いつの間にかあの・・・口調になってる。本来の喋り方でいいんだ。
そっちのほうが話しやすいし、何より・・・仲良しに見えるでしょう?

執事とご主人様・・・なんて関係は嫌よ。せめて、友達同士・・・それが丁度いい。






090622


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