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その執事、邪魔


櫻田家頭首、櫻田千里は今・・・人生の中で初めて英語を見た。聞いたことならあるのだが、見たのは初めてだ。
勉強している時、ちなみに古文を勉強していたのだが。最近やってきた神田ユウとか言う執事が英語の教科書を持ってきた。

最近ではどの学校でも英語を勉強するのが当たり前で、挨拶くらいは出来ないといけないって言われた。






『ねぇ、ユウ。あたし英語なんて絶対できないと思うんだけど』


「大丈夫です、お嬢様。私が最初からお教えします」


『だから、敬語なしって言ってるじゃん』






何度言っても、名前で呼んでくれないし敬語で喋ってくる。そんなユウは毎日暑苦しいすーつばっかり。
あたしも着物だから人のこと言えないかもしれないけど、すーつは暑いと思う。

お父様も普通の服でいい、って言ってるのに頑固なんだから。しかもその長い髪の毛も暑そうだ。結んでるけど。






『あーゆー、ふろむじゃぱん?』


「発音は出来てます、意味は”あなたは日本出身ですか?”です」


『もう、分かんない!まだ枕草子や源氏物語見てたほうが楽しい』






英語が出来ないからって別に死んじゃうわけじゃない。お父様だって英語、できないもん。
現に、ユウは日本人だけど英語の発音はちゃんとできてるし・・・何でも完璧であたしより頭よくて。お父様に好かれてて。

ユウがこの家に来てからあたしの生活が変わった。朝起きるのは5時から4時へ。朝ご飯も洋食が増えた。
朝は味噌汁と白米って決まってるのに。ぱん、なんてあんまりおいしくないし。






『お父様!もう、執事なんていらない』


「千里、そう言わずに。神田くんだって精いっぱいやってるんだから、ね?」


『もう少し・・・頑張ってみます』






部屋へ戻ると、ユウがノートに何かを書いていた。後ろから覗き込むと、英語の発音、書き方、意味など分かりやすくまとめてあった。
あたしのためにここまでしてくれるユウの思考が見えてこない。金のため?金持ちだから、給料が高いって?

長いユウの髪の毛がサラサラすぎて、少し嫌。男の子なのにこんなに綺麗なんだから。あたしのと変えてほしい。






『・・・もう、もういいよ。あたしが悪かった、ごめんなさい』


「そんな、顔を上げてください。千里さま」


『今・・・初めて名前呼んだ。ユウ、あたしの名前呼んでくれた』






嬉しくて、つい後ろから抱き付いてしまった。ユウの髪の毛、石鹸の匂いがする。毎日石鹸で洗ってるんだ、あたしと同じ。
しゃんぷーなんて使うのはお父様が許してくれないから。漫画だって、女中に頼んで内緒に買ってきてもらったもの。

外にだってあまり出たことないんだ。目には見えない高い壁で覆われているこの空間が全て。あたしの世界だから。


その日、ユウが千里と呼んだのはあの1回だけだった――・・






「お嬢様、おはようございます。今日は9時からピアノのレッスン、10時から茶道教室へ出席・・・」


『はいはい、もう分かったから。ユウ・・・邪魔』






しかし、と言葉を続けようとするがあたしはもう1回布団の中へ潜り込む。何がぴあのよ!知らないわよ、そんなの。
ユウったらお父様にお願いして、ぴあののれっすんだの、英会話教室だの色々なものを頼んで。

あたしを外国へ売り飛ばすつもりかのかしら。そんなの認めないけど、ユウといる時間が楽しくて仕方ないのは事実。
でも、その前に・・・あと1時間寝させて――・・






「千里さま、早く起きてくださいって」


『うーん、まだー・・・』


「・・・たっく、早く起きろっつってんだろ!何回言えば分かるんだよ、千里」


『は・・・?』






ユウの性格が変わっちゃったみたいです。敬語をなくせって言っても敬語で喋り続けたユウが、1回しか呼んでくれなかった名前を。
しかも呼び捨てですか。あたし、何かしたかな。ユウの本性はこれだったのかもしれない。

でも、それはそれでいいかもしれない。







090611.



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