その執事、紳士
「初めまして、お嬢さま。ティキ・ミックと申します」
紳士はタバコを灰皿へと入れると、あたしの手を掴んで手の甲にそっと口付けをした。
『ひゃっ・・・』
慣れないことなので、びっくりして手を引っ込めてしまった。
そしてその反動で体のバランスを崩してしまい、慣れないひーるのため後ろに倒れそうになってしまった。
痛いのを覚悟して、目を瞑るとふわりと温かい手に支えられた。
『ユウ・・・と、ティキさん?』
「大丈夫で、」
「危ねェだろ、馬鹿か!」
『ごめんなさい、やっぱりひーる難しくて』
すると、ティキさんがお腹を抱えて笑い出した。
「相変わらず変わってないね、神田クン」
「すみません」
「君らしくていいと思うよ。お嬢様が許してくれたんでしょ?」
「はい、敬語ではなくていいと仰ってくださいました」
話の内容がよく分からなかったけど、ユウの手はまだあたしの腰を支えてくれていることに気づいた。
慣れないひーるとすかーとを履かせたのはユウだから、自分のせいであたしが怪我しそうになったのを少し悔やんでいるのかもしれない。
「奥に着物あるから、着替えさせてやりなさい」
「ありがとうございます。ほら、千里行くぞ」
『失礼します』
ドレス姿で深々と頭を下げたため、まだこっちの会場に残っていた人に笑われてしまったけど気にしない。
あたしはお城なんかに住んでいる令嬢とは違う、日本の礼儀に則っただけ。恥じることではない、従わない方がほっぽど恥だ。
奥の部屋に行くと綺麗な着物やドレスがあった。迷わず着物を決めて、ユウにドレスを脱がせて貰う。
「千里、俺も一応男だし・・・その、これ以上は無理だ」
『あ、うん・・・女の人呼んで来て』
顔を真っ赤にしたユウが扉から出て行った。
脱いでいる途中もずっと履いていたひーると脱ぎ捨て、足がとても楽になった。慣れないものをいきなり履くもんじゃない、と痛感した。
しばらくして女の人が来て、着物の着付けをしてもらった。やはり、この格好が一番性に合う。
『お待たせ』
「ドレスより、そっちの方が似合ってるぜ・・・おじょーさま」
『ありがと、それじゃ行こうか』
ユウが目の前の大きな扉を開けた。
眩しくて瞳を瞑る、するとざわざわとあたりが煩くなったのが分かった。
それもそうだろう、どれすやたきしーどの人たちが一杯いる中で着物姿のあたしが入ってきたのだから。
「ちょっと何なのよ!早く出て行きなさいよ!」
「お嬢様、落ち着いてください」
「目障りよ、さっさと消え失せなさい」
まだあたしは眩しくて瞳を瞑ったまま。
確かに、どれすの中で着物なのは目障りかもしれない。否定されるのも無理はない。
でもこれがあたしだから。あたしの家は古くから着物を愛し、西洋文化を取り入れなかった。
「さっきから黙って聞いてれば、煩いですよ」
「ホントさぁ、せっかくの美人さんが台無しさね」
『アレンさんとラビさん・・・?』
「千里と僕は婚約しています、それ以上千里のことを悪く言うのなら、」
「ここにいる全員、大きい家からおさらばさぁ」
知らなかったけど、アレンさんの家はここに来ている人たちの中でもトップのお金持ちらしい。
あたしのことを悪く言っていた人たちは一気に静かになり、あたしに対して目の色が少しだけ変わった気がした。
「何もしてやれなくてすまん、アイツらに助けられたな」
『ううん、ユウも助けてくれたじゃない』
右手はユウの大きな手にずっと、包まれたままだった――・・
握られた、右手
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