6月のゲジゲジ
弟子
(な……なな……なんで!?)
あまりの不意打ちに、ボクは口を金魚のようにパクパクとさせた。
この短時間でまさか再会するとは夢にも思っていなかったボクは、全力疾走で彼の前から逃げ出したことを激しく後悔した。
早く目を逸らしたいのに、今度はボクの二つの黒い目玉が彼に釘付けになって離れなかった。
しばらく目が合うと、彼の方から視線をずらした。
(……もしかして、気がついてないのかな!?)
よっしゃあ!!と内心ガッツポーズを決めながらも、ボクはこの時間、空気になることを心に誓った。
「真野くん。彼は不良なのだろうか!?母様が不良とは近づいちゃダメだって言っていたんだけど、君はどう思う!?」
(しゃべりかけるな!!ボンレスハム!!……いや、落ち着けボク。今ボクは空気なんだ。そう空気、くうきだ)
袖を引っ張るボンレスハムに構わず、ボクは目を閉じて心を落ち着かせた。
「みなさん。こちらはパンちゃんです」
「……どうも」
愛想の欠片もない挨拶の仕方であるのに、ヨネ子さんは気にした風もなかった。
「あだ名かしら!?……それとも本名なの!?気になるわぁ!!」
「しかし……すごい格好だなオイ。あれが華道をたしなむ人間のする格好か!?」
着物こそ褐色(かちいろ)の御召に羽織をまとっているけれど、アクセサリーやピアスは外されていなかった。
「お化粧してるけど、男の子…よね!?」
「師範も一体どうしてあんな子を……」
彼の外観に対する教室内からの声は、批判的なものばかりだ。
特に中高年の多いこの世界では、すんなり受け入れろという方が無理がある。
そんな中、渦中の人物はヨネ子さんの隣に静かに腰を下ろした。見た目に反してと言っては失礼だが、その身のこなしはこの教室にいるどの生徒よりきちんとしていた。
その事に気がついた何人かが、あっけにとられたようにしばらく彼を目にとめた。
「おほん。皆さん、どうぞご静粛に。彼は数少ないわたくしの弟子の内の一人です。今日は皆さんのお勉強も兼ねて、彼にも生けてもらいました。その作品がこちらです。さあ、皆さん。どうぞ近くに」
ドンッと目の前に運ばれたのは、今日の題材に使われたバラの花を用いた作品。
その姿に引き寄せられるかのように皆が立ち上がり、花器の周りをぐるっと囲った。
バラと松。
ボクと同じ取り合わせの作品にも関わらず、その出来栄えは雲泥の差だった。
「まあ、素晴らしいわ」
「う〜ん。これは……さすがは先生のお弟子さん」
「すごいです!!感動です!!私もこんな風に生けてみたいです!!」
先ほどとは打って変わって、今度は賛辞の嵐が飛んだ。
ここは生け花の世界に魅せられた人々が集う場所だ。当然、ずば抜けたセンスで良い作品を手掛ければ誉められる。
逆もまたしかり。
(すごい……文句なしに)
ヨネ子さんのお弟子さんというのも勿論あるとは思うけれど、それだけじゃない。
多分、彼が持つ世界が独特なのだ。
その後は彼や他の生徒の作品についての総評を行い、今日の稽古は幕を閉じた。
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