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6月のゲジゲジ
習い事2

「それでは、皆さん。始めて参りましょうか。本日の題材は『バラ』です。存在感溢れるこの花の良さを壊さないことを念頭に置いて生けてみて下さい」



20畳ほどの広い床間には15名ほどの老若男女が座り、まだ何も生けられていない花器と向き合っている。



和装の人が約半分。10代の男子はボクを除いては一人しかいない。


「僕はカーネーションの控え目な出で立ちの方が美しいと思うね!!あの薄くピンクに色づいた花弁と清楚な姿は堪らないよ!!そうだろう、真野くん!?女性にはバラよりも、やっぱりカーネーションだと思わないかい!?」


ぷくぷくと小ブタみたいな身体に御召の着物を羽織った少年が、舌の滑りも滑らかにそうボクに問いかけた。


(何で女の人にあげることになってるの……それに、カーネーションは君のお母さんの好みだろう)


彼が誰のことを暗に意味しているかに気が付いたボクは、ゲンナリと肩を落とした。



稽古の度に何かと話しかけてくる彼の会話の中には、『お母さん』が最多回数で登場する。


彼はハッキリ言って、目を覆いたくなるほど極度のマザコンだ。


そしてボクは毎度飽きずに母親の話をする彼のお陰で、彼の母親の趣向が手に取るように解るという嬉しくもなんともない新たな特技を身に付けた。



「どうかな!?ボクはバラも綺麗だと思うけど」


正直に自分の感想を述べた。


だって水切りを終えて花器の隣に並んだ色違いのバラたちは、ボクには十分可憐で魅力的だったから。


「そしてあのスウィートな香り!!ボクの母様(かあさま)もね……」


カーネーションに賛同をしなかったボクの意見など気にもとめず、彼は鼻息を荒くしてマザコンぶりに拍車をかけた。


(悪い人じゃないんだけどな)


三年間、毎週のように顔をつきあわせてきたぽってりとした二重アゴの彼の顔を、ボクはまじまじと見つめた。


彼は一生懸命だ。それは花に向かう彼の姿勢からも十分に伝わってくる。




(だけど、人の話は全く聞かないよね)



今も空想上のお母さんとワンダーランドへ旅立っているようで、その世界に陶酔しきっている。



「そこの二人!!おしゃべりとは何事ですか!!」


「うっ……師範。しかし母様が……」


「あなたは夢の世界から早くお戻りなさい!!」


ヨネ子さんは、彼が二の句を告げられないほどにピシャリと容赦なく彼を叱りつけると、今度はボクの方をジロリと睨みつけた。


その時、ボクは重鎮の顔に張り付いた般若の面をしっかりと見た。


(マズイ!!このままじゃ……殺られる!!)


「申し訳ありませんでした」

畳に三つ指をつくと、ボクは頭を下げて平に謝った。


(何だか今日は怒られてばかりだな)


ビジュアル系といいマザコンといい、男に近づくとろくな目に遭わない。


男難の相でも出ているんじゃないだろうか。



「花は生きものです。切ったその直後からみるみる寿命が減っていくのですよ!!手を動かしなさい手を!!!!……あぁ、伊藤さん。そこはもう少し茎を切ってご覧なさい」


「ふぇっ!?あっ!!はいっ!!」

先ほど大声でヨネ子さんを呼んだ女性が、注意を受けてあたふたとバラの茎を切り落とした。


(助かった。一度ならず二度までも!!)


どこまでも空気を読んでくれる伊藤さんに感謝しながら、マザコンの彼はひとまず放っておくことにした。


ボクは目を閉じて深く呼吸を整えると、いよいよ目の前のバラに神経を集中させた。


全体の姿を眺めて、下方のこんだ枝を一本ずつ丁寧にさばいていく。


色彩や奥行き・左右のバランスなど構図を練る上で大切なことは山ほどあるけれど、ボクはメインの花をいかにして主張させるかをまずは考える。


そうして作品の軸を決めて、今度はとり合わせの脇役になる花や草木を選んでいくんだ。


『この花にはコレ!!』という組み合わせが特に決まっているわけではないけれど、大体が同じ季節のものから一つの作品が構成される。


稽古で使われる花も、通常の季節に先駆けて使用されることがほとんどで、時期外れだと『残花』となってしまう。


今日はあらかじめ、取り合わせの草木も決めておいた。


黄色い斑点が特徴的な蛇の目松と、白くて背が高くタンポポの綿毛のような風采(ふうさい)をしたレースフラワーだ。



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あきゅろす。
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