6月のゲジゲジ
逃げ出した臆病者9
クチュクチュ、ピチャッピチャッと粘着性をもった水音がする。
耳を塞ごうかと思ったけど、ボクは膝を抱えて丸まったまま動けなかった。
「んん!!んんっ!!……ふっ、あっ……つっ」
鼻から抜けるような声が聞こえるけど、それはパンちゃんの声ではなかった。
「んん!!あっ、はあっ……なんだよ!?えらく積極的だな……欲求不満か!?」
「なあ。下にも奉仕してくれよ」
ズボンのジッパーを下げる音と一緒に、新見さんの熱のこもった吐息が聞こえてきた。
(うっ、嘘だろう……そんな。舐めるのか!?男のアレを……!?)
ボクが混乱している内にも、水音は勢いを増していった。時々ズコズコと掃除機の吸引時みたいな音も聞こえてきた。
(ほ……本当に舐めてる。というよりは、吸ってる!?)
「んっ……はぁ、イ……イイ!!上手いぜ。なんだよ……ハァッ、やっぱりお前も、俺がいいんじゃ……」
「イタイおもい。……しないとわからないんだろ!?」
パンちゃんの声は今日一番低かった。
「あぁぁぁっ!!」
途端、部屋中に新見さんの悲鳴が響いた。
「て、てめえ!!噛みやがったな!!」
「……だって、しつこいから」
「この野郎!!」
「今のが最後。……もう二度としない」
『すきなひとがいるから』
言葉尻にそう付け加えたパンちゃん。変化球を知らないパンちゃんの言葉は、まるでストレート一本で勝負する野球の投手みたいだ。
『……好きだよ』
真っ直ぐに見つめてきたマラカイトグリーンの瞳がまだ鮮明に記憶に残っている。
ボクのことじゃないかもしれない。それでも、ボクの体はまた熱を持って火照りだした。
新見さんの小さな舌打ちの後、リビングからは何かが割れる大きな音がした。ボクは思わず立ち上がってリビングに歩み寄る。
見れば、パンちゃんはボクが入れた紅茶を頭からひっかぶっていた。二人の足元には割れたティーカップが粉々になって無惨な姿で散らばっている。
修羅場だとわかっている。
これが二人の問題だってことも。
それにボクが出ていけば、事態は余計にこじれるだけなのも、わかっている。
わかってはいるんだ。
けど、それでも出ていかずにはいられなかった。
我慢も限界だった。
これ以上、彼を野放しにしておくのは危険だ。パンちゃんが殴られるかもしれない。
(……止めよう!!)
名張と橋本くんの時といい、なぜ自分ばかりがこんな面倒な目にあうのか。己の不運を嘆きながらも、ボクは決死の覚悟で話しかけた。
「パンちゃん」
ボクの呼び掛けに、二人が同時にこちらを向いた。
「……何でお前がここにいるんだよ!?」
「成り行きです。あなたが来る前からいました」
「はあ!?まあでも、ちょうどいいや。じゃあさっきのも聞いてただろう!?俺とこいつはそういう仲なんだよ!?」
「セックスする仲ってことですよね!?」
「ああ。こいつは俺のものだ!!……誰にも渡さねえ」
新見さんの執着にも近い独占欲が、彼の中でゴウゴウと渦巻いている。
ボクにそう感じさせるような呟きだった。
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