6月のゲジゲジ
逃げ出した臆病者6
「それにしても……すごい」
ダージリン、アッサム、アールグレイにオレンジペコー。
床に散らばった缶たちはどれも一流メーカーのものばかりだ。
「あっ、チャイがある。こっちはジャスミン茶……それにこれ、時間が経ったら花が開くヤツだよね」
ボクのうちにあるのはせいぜい、緑茶にパックの紅茶、インスタントコーヒーくらいなのでパンちゃん宅との貧富の差が若干身に染みるが、色々な種類の缶にウキウキする気持ちの方が勝っていた。
「あっ、お湯沸いた」
それから先に温めておいたカップのお湯を捨てて、紅茶を入れた。
「パンちゃん、出来たよ」
リビングにいるパンちゃんにそう声をかけて、ハッとした。
パンちゃんはさっきまでボクが座っていた場所に腰掛け、マダムたちにあげていたミニバラの余りで小さなブーケを作っていた。
真剣な表情。
迷いなく動かされる手。
低いガラステーブルには包装紙やリボンが広げられ、スルスルと美しくバラを飾る。
引き込まれる。
彼の持つ、世界にーー。
同時に、嫉妬も感じる。
その才能とセンスに。
トレーを支える手がカタカタと震えた。
「…………真野!?」
「ふえっ!?わあっ!!ちょ、近い。近いってば」
至近距離から覗き込まれてビックリした。
「もう、はい。お茶出来たよ」
笑顔で答えれば、今度はパンちゃんが目を丸くした。
「…………ありがとう」
ちゅっ。
(〜〜〜っ!!!!こいつは!!また!!)
何故か照れているパンちゃんはボクからトレーを受け取ると、別の背の高いテーブルにそれを置いた。
「あの……パンちゃん」
「……ん!?」
「つかぬことを伺いますが……」
俯いたボクの視界は前髪で覆われていて見えない。
「うん」
「なんでそう、ちゅっちゅするの!?」
恥ずかしい。でも、ボクは真っ直ぐにパンちゃんを見つめた。
パンちゃんは少し宙に視線を泳がせた後、一歩ずつボクに近づいて目の前までやってきた。
「…………可愛いから」
ボクの手をとってそう答えるパンちゃんは、きっとボクよりずっと真っ直ぐな目をしていた筈だ。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
「か、可愛かったら誰とでもするの!?」
「うん……わりと」
新見さんの苦労が、ほんの少しだけわかった気がした。
この頓着のなさ。
「だ、だめだよ!!そんな愛の安売りみたいなことしちゃ。そういうのは好きな女の子とかに……」
そこまで言って、ボクは躊躇した。
(そういえばパンちゃんって、男の子が好きなんだっけ……!?)
「と、とにかく!!好きな人にだけしか、しちゃダメだ!!」
ボクは荒々しくまくし立てると、息切れを起こした。
三半規管がやられ、辺りはぐるぐると回っていた。
(よ、よしっ!!注意したぞ。これでちょっとは……)
「………好きだよ」
「好きだよ、真野」
耳まで熱くなるのがわかった。
多分、ボクはいま涙ぐんでいる。
恥ずかしくて。
どうしたらいいか、わからなくて。
それでも、真っ直ぐに見つめてくるマラカイトグリーンの瞳は冗談なんかじゃないと言っている。
茶化しちゃいけない。
でも、受け止めきれない。
握られた手からはお互いの熱が伝わった。
どうしてだろう。
ボクは手に伝わるこの温もりを、どうしても振り払うことが出来なかった。
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