6月のゲジゲジ
逃げ出した臆病者5
「どうぞ」
部屋の扉を回して、パンちゃんはボクを中に招き入れた。
「……お、おじゃまします」
萎縮して部屋に入ると、そこはボクの『住居』のイメージを大きく覆すものだった。
「……広い……」
白で統一された壁紙。
高い天井。
メゾネット構造の住宅はマンションなのに、部屋数は一軒家となんら変わらない。
最上階の大きなガラス扉から見る街の景観はとても開放的だった。
そして、玄関やリビングに生けられた今が旬の花たちーー
特にこのリビングに生けられた作品は、大きくて目を奪われる。
「すわって……紅茶でいい!?」
「あ、うん。ありがとう」
ボクは大きなソファーに案内され、パンちゃんはキッチンへと姿を消した。
(な、なんか。芸能人とかの家に出てきそうな部屋だな……)
改めて部屋を見渡せば、塵ひとつないフローリングは覗き込めば顔が映りそうだ。
突っ立っていても仕方がないので、ボクはその座り心地が抜群に良さそうなソファーに腰を下ろした。
「うわっ!!思った以上に沈む!!」
予想外に埋もれ込んだお尻を浮かせて驚けば、キッチンからは『ガッシャーン』と何かが床に落ちる音がした。
「えっ!?なに!?どうしたの!?」
慌ててパンちゃんのいるキッチンへと向かえば、そこにはコーヒーの缶やらお茶の缶やらが多数散らばっていた。
「あっ…………落とした」
(見ればわかりますとも!!)
「パンちゃん、大丈夫!?」
どうやら缶たちは頭上の棚から落ちたらしく、怪我はないかとボクは心配する。
一方パンちゃんは床に散らばった沢山の缶を拾いもせずに、手にした紅茶の缶の蓋を開けては茶葉とにらめっこしていた。
「真野……茶葉って……このくらい!?」
スプーンに山のように積まれた茶葉は、動かせば確実に落ちてしまう。
「まあ、いいや。…………入れちゃえ」
「あぁぁぁ!!コラー!!そんなに入れるな!!」
「………だめ!?」
「ダメに決まってるでしょうが!!」
茶葉二倍どころではない。素直にパンちゃんが掬った量を入れたら、紅茶が渋くなってしまう。
とても見ていられなかった。
(ええい!!この、お坊っちゃまめ!!紅茶も入れたことないのか!?)
「はいっ!!もう、交代!!ボクがやる!!……ここも片付けておくから、パンちゃんはリビングに行っててよ!!」
少し口を尖らせて、やりたかったのにとふてくされながら、パンちゃんはリビングへと戻って行った。
ヤカンに火だけはかけれたらしいパンちゃんは、それでも換気扇を回すのを忘れていた。
(いや、忘れていたというよりは換気扇の存在を知らないんじゃ………何と言っても、お坊っちゃまだし)
ポットを買いなさいと思わず突っ込みたくなってしまう。
(でも別の台にコーヒーメーカーがセットしてあるから、普段はコーヒーしか飲まないのかもしれないな……)
あまり人様の生活空間をキョロキョロ見回すのは失礼なので、ボクは足元に転がる沢山の缶を拾うことにした。
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!