6月のゲジゲジ
逃げ出した臆病者2
ボクがパンちゃんたどり着いた先は、いつも利用する大型スーパー『スーパーとくとく』だった。
しかも時刻は午前9時。この時間は……。
「パ、パンちゃん!?まさか!?」
「……うん。手伝って」
「いや、でも……」
『さあ〜安いよ安いよ〜!!とくとく青果部タイムセールの始まりだあ!!』
けたたましい鐘の音と共に、スーパーは戦場と化す。
一日三回あるタイムセール。特にこの青果部と呼ばれる野菜売り場は激戦区で、毎日お客さんがひしめきあっている。
ボクは学校が終わってから始まる18時からのタイムセールにいつも参加するんだけど……。
この朝一番はベテラン主婦によるゴールデンタイム。
(し……死んでしまう)
カートに並べられたアスパラガスが次々に姿を消していく。
「どいとくれ!!私のだよ!!」
「なに言ってんだい!!それは私のだよ!!」
『はい、押さない押さない!!さあ、次はそら豆だあ!!そら豆はエビと相性抜群!!かき揚げにしてもよし!!炊き込みご飯に入れてもよし!!さあ、買った買った』
(またそら豆……いや、パンちゃんこっち見なくていいから)
とりあえず人の合間から手を伸ばしてそら豆をゲットして渡すと、パンちゃんはホッコリとした笑顔を見せた。
『さあ、最後は今日の一番の目玉!!茨城県産のメロンだあ!!美味しいメロンを見分けるにはやっぱり網目!!全体に均一にまんべんなく出ているのを選んでね!!』
(お、お、おぉぉぉぉ!!メロンだあ!!美味そう)
別のカートに乗せて運ばれてきたメロンに、ボクは興奮を隠せなかった。
「……メロンすき!?」
ボクのメロンに対する熱意が伝わったのか、パンちゃんが上からボクを覗き込む。
「う、うん!!すき!!」
反射的にそう答えると、パンちゃんはテクテクと歩いていった。
「えっ!?まさか、取るつもり!?でもあんなに人気で込んでるのに……」
メロンの周りは、主婦歴ウン十年のおばちゃま達で埋め尽くされている。どう考えても、取れるとは思えない。
「こっちかね!?イヤ、やっぱこっちかね!?」
「ちょっと!!早くそこ退いとくれよ!!」
「すみません」
「何だいあんた………はっ!?」
(ほら、ビックリしてるじゃんか……)
朱色の髪にマラカイトグリーンの瞳。
今日もご多分にもれず、メイクに黒服にジャラジャラの装飾。
はっきり言って……すごく浮いてる。とにかく、スーパーがとんでもなく似合わない出で立ちなのだ。
(通報とか……されないよね!?)
「ちょっと!!どうしたのさ!?……あっれま!!」
「メロンください」
パンちゃんの一言で、おばちゃん達の空気が突如として乙女モードに切り替わる。
メガホンを持って声だししているお兄さんも、おばちゃん達のその様子に呆気に取られていた。
「んま〜、こりゃ小綺麗な子じゃのう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「格好いいわあ!!あげるわよ!?はい、コレ。おばちゃんの持っていきなさい」
「あんた!!なに抜け駆けしてるのさ!?お兄さん、そんなおばちゃんのじゃなくて、私のメロン持っていって!!」
「私もあと20歳若けりゃねえ……ああ!!惜しい!!」
ボクは唖然とした。
戦わずして欲しいものを意のままにできるのか、彼は。
そして、目の保養が出来れば何でもいいのか。おばちゃん達。
「…………どれがいい!?」
パンちゃんはしばらく考えて、それからボクに向かって選ぶように促した。
「あ……いや、どれでも」
そう答えるのが精一杯だった。
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