6月のゲジゲジ
若き真野くんの悩み
帰宅すると、これからデートにでも行くのか、やけに着飾った母が居間で化粧をしていた。
「あら、お帰り〜。何よ息はずませちゃって。強姦でもされたの!?」
「止めてもらえません!?その下品な発想。……強姦じゃないけど、大事な何かが盗まれた気がする。何かこう、精神的な強さみたいなのを根こそぎ」
ボクは自分の両手を見つめると、絶望的とでもいうような、芝居がかった大袈裟なアクションをした。
「それは気のせいよ。あんたに精神的な強さななんて、子ミミズの体長ほどもないわ」
足を組みながら口紅をひく母は、辛辣な一言でボクの主張を断ち切った。
「ねぇ、母さん」
「なぁに!?」
半開きの口で睫毛をあげる母は、鏡の中の己に集中しながらも耳はボクに貸してくれる。
「男が男を好きになるって……どうなの!?」
ンフッ。そう鼻を鳴らして妖しく微笑むと彼女は言った。
「あらぁ、それはまた甘美な世界じゃなぁい!?」
ダメだ。
…………人選ミスだ。完全なる。
「あぁ…そう。ありがとうね」
ボクはやげやりな態度で羽織を脱ぎ捨てると、ガックリと項垂れて歩き出した。
「待ちなさい!!ガキんちょ!!」
ボクに向かって勢いよくダイブしてきた母によって突然足をとられたボクは、勢いよく前のめりにズッコケた。
「いった……何すんの。もうボクも今年で17歳なので、十分立派な大人になりつつあるので、出来ればそっとしておいてもらえませんかね。デートに遅れますよ。まだ顔だって半分しか出来てないじゃないですか、そのまま行ったら妖怪扱いですよ」
「えぇい!!やかましい!!人に聞くだけ聞いておいて、相手の言葉にさえ素直に耳を傾けられないからあんたはまだまだガキんちょなのよ!!例え自分の望んだ答えが返ってこなくったってね、とりあえずは何でも貪欲に聞いておく。それが大人ってもんなのよ!!」
バツイチ子持ちで、深夜までいそいそと男とデートに出掛けるような40女が何を言う。
「あんたが今なにを考えてるのか分かるわよ〜!!失礼な子ね!!ソラ豆みたいな顔してるくせに!!」
「あなたがこの顔に産んだんでしょうが!!しかもまたソラ豆……あいだだだだっ!!!」
ボクは股関を押さえてのたうち回った。
料理ひとつまともにしないで、息子に電気あんまをくらわせる母親がどこにいるんだ。
「あらぁ、顔だけじゃなくてあっちの方も昔と変わらずソラ豆サイズなのね。そこはもうちょっと成長してもいいんじゃない!?」
「放っておいて下さい。セクハラですよソレ。……はぁ。それで!?母さんの意見は!?」
フローリングの冷たさを頬に受け、強烈な刺激に目の端に涙を溜めたボクは母を見上げた。
母さんは、ライター片手に慣れた手つきでタバコに火をつけた。
「あんた、人生で何回『自分をなげうってでもこの人と一緒にいたい』なんて本気の恋が出来ると思う!?」
「………さぁ」
(何だろう!?新しい彼氏の色ボケかな!?)
母はタバコをくわえて大きく胸を膨らませると、まるでボクの答えを嘲笑うかのように大量の煙をボクに吹きかけてきた。
タバコ嫌いのボクは煙にムセながらも、その臭いに辟易とした。
「ゲホッ、ゴホッ。ちょっと止めてよ!!着物に臭いがつくじゃないか!!」
「ふん。どうせ父さんのお古じゃないのよ。昔はもうちょっと可愛かったのに……なにが『さぁ』よ!!お澄ましちゃって」
「母さんも昔はもっと素直ないい女だったよね!?………じゃあ、三人」
「あら、いいとこついたじゃない。そうね、人が本気で誰かを好きになれるのなんて、一生を使ってもせいぜいが片手に収まる程度でしょうね。…………みんな必死になってその相手を探してるわ。道草や遠回りをしながらね」
遠くを見ながらしみじみと答える母に、この人も未だにそうなのだろうとボクは感じた。
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