6月のゲジゲジ
単衣の男
突然、周囲に軽快なメロディーが流れた。
「あっ……ゴメン」
どうやら音の主はパンちゃんの携帯電話のようだ。
「あっ、うん。どうぞ」
携帯電話を持っていないボクはあんまりその重要性が理解できない。
ボクには別にこれといって緊急の用事がないし、高校では友達も……いないから必要もないと思っている。
(……ちょっと悲しい人だな、ボク)
無意識に自分を客観的に判断して、ボクは自分の考えに一人落ち込んだ。
「あぁ……うん。……わかってる」
ボクから少し離れたところで、パンちゃんの相づちが聞こえる。
「でも、ゴメン……もうムリだから」
(何だろう……)
「そうじゃなくて………えっ!?ちょっと……」
(何か、こじれてる!?)
パンちゃんの少し寄り合わさった眉間が、彼の心情を静かに物語っていた。
人様のプライベートなのだから、これ以上聞き耳を立てるのはよそうと、ボクは身支度を整えると小声でパンちゃんに話しかけた。
「パンちゃん。ボク先に帰……うわっ!!な、何!?どこ行くのパンちゃん。ちょっと!!」
携帯電話を片手にパンちゃんはいきなりのボクの腕を掴むと、引きずるようにしてボクを門前まで連れていった。
「早く、帰って」
「はぁ!?」
「いいから、早く。……おねがい」
天気が小雨にに変わる中、傘もささずにパンちゃんはボクを追いやろうとする。
パンちゃんのしっとりと雨に濡れた肌や髪が、妙に色っぽい。
(何かよくわからないけど)
「うん、わかった」
ボクが歩き出そうと足を踏み出したその時、背後から下駄の鳴る音がした。
「へぇー。もう次のヤツ見つけたんだ」
振り返るとそこにはボクよりいくぶん年上……20代半ばくらいの男性が、単衣を着て携帯電話を片手に立っていた。
見覚えのない顔だった。
墨田流の生徒じゃない。
大きな和傘から覗く顔は苦笑いで、そのどこか嫌な物言いにボクは少しだけ目を細めた。
「そんなんじゃない……何しにきた!?」
「話し合いにだよ。お前、やっと電話に出たと思ったらこういう事かよ。おい、何だよコレ!?説明しろよ!!」
パンちゃんとボクを見るなり、男はいきなり突っかかってきた。
「だからチガウって言ってる」
パンちゃんが、ため息まじりのウンザリとした顔で男から視線を逸らした。
訳のわからないボクは、とりあえずパンちゃんを自分の傘に入れて二人の顔を交互に見るしかなかった。
(このまま立ち話になったら風邪引くぞ)
「ありがと」
ボクより背の高いパンちゃんがボクから傘を取ると、ボクが濡れないように傘を傾けてくれた。
その様子を見た男は、ボクたちに向かって吐き捨てるように呟いた。
「ハッ。やっぱりデキてんじゃねぇか!!」
「そう思いたいなら、勝手に思ってろ」
ハッキリとした、それでいて完全に相手を突き放すようなパンちゃんの話し方に、ボクは目を丸くした。
それは相手も同じだったらしく、パンちゃんの空いた手を掴むと、男は爛々と光る目でパンちゃんを見た。
「俺は別れるなんて、納得してないからな!!」
男の握りしめる手に力が加わったのか、パンちゃんは僅かに顔をしかめて男を睨んだ。
※単語※
単衣…6月と9月に着られることが多い着物。
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