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6月のゲジゲジ
おじじとボクと生け花

花が好きだ。


ボクのおじじは生前、花を活けていた。


先に断っておくけれど、別にボクん家はお金持ちでも何でもないです。どちらかというと、浪費癖のある母のおかげで家計はいつも火の車でした。


そんな苦しい家計状況の下、おじじが突如として生け花なんて顔に似合わないことを始めたのにはこんな訳があります。


それはまだボクが産まれる前。


50代半ばでおばあちゃんに先立たれたボクのおじじは10年してある女性に恋をしました。


おじじが恋をしたその撫子のような可憐な女性というのが、どうも大の花好きだったらしいのです。


その事実を知ったおじじは、迷わず華道界の門を叩きました。


彼女と同じ稽古場に毎週通っては『今日は熱い視線を感じた』だの『ふぉーりんらぶ!!じゃ』などと年寄りの色ボケは炸裂し、ボクはその話を後のち永遠と聞かされるはめになるのだけれど、まぁ、そこは今はいいです。



惚れた女に近づきたいという不純な動機と下心が満載のおじじに対し、おじじの娘であるボクの母は華道なんて直ぐに飽きて辞めるだろうと高をくくっていました。



ところが、一年が経ち三年が過ぎてもおじじが生け花を辞めることはなく、母や親類の予想を大きく裏切って、おじじは年寄りとは思えぬ晩年の情熱を生け花に捧げたのでした。



余生短しと悟りでも拓いたのか、はたまた、ただモテたいだけだったのか。


親族会議では満場一致で後者に軍配が上がったみたいですが、とにもかくにも、ボクはそんなおじじから生け花を教わりました。


だけど所詮、まだ字も満足に書けないようなボクの生け花。


もちろん形式もへったくれもなく、おじじ秘蔵の花壇の花を内緒でこっそり引っこ抜いてきては、感じるままに剣山にぶっ刺していたのでした。


そんなイタズラまがいの生け花が見つかるたびに、ボクはおじじから容赦のない愛の鉄拳を食らい、子供心に本気で


『おじじめ。早くくたばればいいのに』


と思っていました。



母曰く、そんな幼児期のボクは


『不器用な上に飽き性。自分を表現する手段は世の中に沢山あるけれど、そもそもあんたにはセンスというものがことごとく欠けていた』


ということらしいです。


いくら何でも言い過ぎだと思いますが、確かに当時のボクは絵を描かせればみんな宇宙人。かけっこは常に壮絶なビリ争いを繰り広げ、粘土遊びはいつも泥だんごの要領で粘土だんごを作っているような子供でした。


『何一つ才能の欠片のカスすら出てこなかったから、こりゃダメだと思ったわ……それでも、花を活ける時だけは楽しそうだったわよ』


下手くそだったけどね。とキツイ香水を撒きちらしながら、母は一昔前を振り返ってボクを鼻で笑った。



おじじに花を教わってから13年。



四季折々の花で作られる独特の空間。


切り出された植物に与える最後の『生の瞬間』



大きくなるにつれて次第に理解出来るようになった生け花の面白さに、ボクは若さの猛進でどんどんのめり込んでいった。


高校二年になった今でも奇跡的に生け花を続けられているのは、きっとボクがずっとおじじの背中を見て育ったからだと思う。


70代で花を生け始めたおじじは、結局94才で亡くなるまで趣味で花を生け続けた。



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あきゅろす。
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