第三の国
変わらぬ日常3
「エメンタール。さっきね、宮殿のみんなで話してたんだよ。新しい塔長が羨ましいって……持ち場代わりたいって人までいて、笑っちゃったよ。ハハッ」
「……そんないいもんでもないだろ、あんなタヌキ。あんなのただ当たり障りなく誰にでも良い顔する、八方美人だ!!」
「ほうほう。それはまるで誰かさんのようですな」
「チェダー……お前」
「あははっ。ゴメン。だってエメンタールと塔長って何か似てるんだよね」
「どこがだよ」
「なんか、お互いに裏で駆け引きしてそうなところ……とか!?現にエメンタール、塔長苦手でしょ!?きっと同族嫌悪ってやつだよ。ハハッ」
エメンタールは早く広間に来て、必ず俺を待ってくれている。そして俺は、今日あった他愛のない話を毎回つらつらと語る。
俺は必死にいつも通りに振るまおうとするけど……ダメだな。変に声が上ずって空笑いばかりがこぼれるよ。
「それでよ……高砂……野郎は……今」
誰かの会話に登場した『高砂』の名に、体がぶるりと震えた。
無理やり孔を押し広げられたあの時の感覚が鮮明に甦り、また俺を蝕む。
物置部屋の暗さ。
蜂蜜が肌を滑る感覚。
辺りに立ちこめる香のキツイ匂い。
下品な微笑み。
「大丈夫だ。あいつはまだ戻って来ないから安心しろ」
俺の頭をポンポンと叩きながら、エメンタールは優しく言った。あの夜に支配されていた意識が、徐々に広間へと戻ってくる。
「あのもじゃもじゃ頭のやつが、この間こっそり教えてったんだ……『源平さんの話ですと宮殿長は、1ヶ月は絶対安静らしいです』ってな」
「そっか」
「ああ、だからそんな顔するな。仮に戻って来ても、俺がちゃんと側にいてやるよ」
俺の頬をつねりながら少し照れたように、でも真剣にエメンタールは呟く。その横顔が俺にはとても頼もしく見えた。
「うん。ありがとう、エメンタール」
エメンタールが向けてくれる無償の愛情にも似た友情に俺は心から感謝した。
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