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第三の国
ロックフォールの尽力4


辺りが静かになり始めた頃、大部屋の扉が再び開く音がしてエメンタールが戻って来た。



「なんだコレ!?新しい宗教か何か!?……いつから教祖になったんだよ、ロックフォール」


「バカ言え!!カゼウスに決まってんだろ。いいからおめえもこっちこい!!」


エメンタールは目ざとく俺を見つけると、部屋の様子にさして驚きも見せずに悠々と闊歩して俺の隣に腰を落ち着けた。



それから俺はエメンタールに、目の前に広がる多々の武器と、ここにいるのは反乱の生き残りの人々だということを手短かに説明した。



エメンタールは軽く相づちを打って俺の話を聞いていた。いつもはしない蜂蜜の甘い香りがフワッと鼻をくすぐる。その匂いに、俺は自分の顔が微かに曇るのを感じた。


「悪い。誘われてちょっと飲んでたんだ。気になるか!?」

エメンタールの謝罪に俺は大きく首を振って答えた。

「エメンタールが飲むなんて珍しい……バカになるって、昔から絶対に飲まなかったじゃん」


俺が小さく笑いながら彼の昔からの可笑しな偏見を指摘すると、エメンタールは柔らかく笑って訂正した。


「違えよ。思考が鈍るから嫌なんだよ。金勘定が出来なくなるし」


「そんなに上等な酒だったの!?」


「ミモレットの真珠入り」


「誘惑に負けたんだ」


「うっせ!!」



くつくつと笑いながら、それでも小さな違和感が胸を過った。



―――何か、あったのだろうか。



普段通りのはずなのに、どうしてか今はエメンタールが落ち込んでいるように見えた。気のせいと言われればそれまでなのだが、何となくそう感じた。


「……あけび、何の話だったの!?」


「ん、大したことじゃねえよ。気にすんな」


少し間を空けた後そう言って、エメンタールは俺の目をこすった。さっき散々泣いたから腫れていたのだろう。心配したつもりが、逆に心配させてしまっている。


「さて、二人が揃ったところで先ずお前らには、俺たちは頭を垂れて謝らなきゃならねえ」


その声で俺たちは正面に向き直った。ロックフォールはどっしりと胡座をかいて大きな体を曲げて頭を下げる。すると、それに合わせて部屋にいる全員が俺たちの方を向いて深々と礼をした。



「な、何!?どうしたの!?怖いよ、みんな」


突然のことに、俺は動揺を隠せなかった。


「大々的な宗教の勧誘ならお断りだぜ!?」


エメンタールは余裕の表情でまた軽口をたたく。


「ゴーダのことだ」


対面するロックフォールが真剣な顔で俺たちを見ていた。その真摯な態度に俺は体にぐっと力を込めた。



「この二週間。あいつを探せんで、済まんかった」


ロックフォールのお辞儀に倣って、みんなが再び頭の位置を低くした。



「俺たちも力が足りなくて悪かったな……宮殿、塔、中庭と調べていたんだが、よっぽど上手い隠し部屋があるみたいなんだ」


ロックフォールの後ろに並んでいる幹部から次々に声が上がる。


「ああ。だからロックフォールさんの命で中の丸や二の宮、三の宮まで手を広げて探してみたんだ……そしたら」


「そう!!チェダー、エメンタール。喜べ!!吉報だぞ!!おい、しゃれこうべ!!」


幹部から指名された細身の男は、ゆらゆらと立ち上がって人々の注目を浴びた。男の姿に俺はぎょっとした。痩けた頬と大きく突き出した目が印象的で、今にも倒れるんじゃないかという青白い顔をしている。しゃれこうべなんて……酷い呼び名だけれど、成る程これなら納得してしまう。男は左右にゆれながら一歩ずつ俺たちの近くまでやって来ると、ニヤリと笑った。その姿は暗がりの墓場から現世に舞い戻った亡霊のようで、女たちの短い悲鳴があちこちから聞こえてきた。



「あなた。今『しゃれこうべ』に納得した……って顔をしましたね〜!?」


出張った男の目が食いつくように俺に視線を走らせる。その怪奇顔に尻を引きずって後退ると、エメンタールにぶつかって支えられた。


「し、してません!!」


俺は首が千切れるんじゃないかというほど横に振って否定した。怖すぎる。


「こら、ペコ!!止めねぇか!!ビビらせてどうするんだよ……それに、また失神者が出るのはゴメンだぜ」


もう遅い。彼の姿に意識を半分飛ばしかけているのが既に何人かいる。



「失礼しちゃいますねぇ、ロックさん。ああ、チェダーさん、エメンタールさん。どうもはじめまして。私、ペコリーノと言います。それじゃあ、早速ですが報告をさせてもらいますよ」


怪談話をするようなその口調は背筋が寒くなるような不気味さで、彼の容貌がその恐怖感をさらに煽る。俺たちだけじゃなくあちこちからゴクリと喉を鳴らす音がした。



「じつはですね、この所、私の担当区域で夜中にミョーな泣き声が聞こえるんですよ。泣き声というか、うめき声ですかね、あれは。とにかく聞こえるんですよ、男の苦しそうな声が――――うぅっ……ぐあっ……てね。何やらイケナイ物が憑いてるのかと思いまして、私はすぐさま成仏に取りかかったんですよ……いやまあ私って、昔からどうもそういうのが見えたり憑かれ易い体質でしてね」



男の怪奇話に、暑い室内の温度がいくぶん下がったような気がした。


「ところが奴さん。どうも幽霊じゃないみたいなんですよ――――耳をすませば夜中だけじゃなく、昼間もうめいてる声がかすかに聞こえるじゃありませんか。此れはマズイと、私は悪霊だと思って慌てて声のする方へ駆けたんですよ――そしたらね、いやビックリですよ。…………いたんですよ」


カッと目を見開いて、男は自分が幽霊じゃないかと思うようなおぞましい顔をした。


「ペコリーノ!!もったいぶってねえで、ちゃっと話してやれ!!」


ロックフォールの一喝に、ペコリーノは口を尖らせて顎を突き出した。


「はいはい。わかりましたよ。地面にね、窓のような通気口のような……小さなすき間がありましてね――そこから見えたもの。それは、奴隷服を着た人のようでした。そう……あれは恐らく、地下に作られた秘密の部屋――私が気がついたのがつい先日なんですが、周りに聞いてみるとその異様なうめき声は約二週間前から聞こえ始めたそうです。ああ、そうそう。私の担当区域なんですけどね……」



「「三の宮」」



俺とエメンタールは声を揃えてそう答えた。あけびの推測とペコリーノの目撃情報を掛け合わせれば、ゴーダはかなりの確率で三の宮の地下にいる。




大きなペコリーノの目が、驚きにさらに見開かれていた。






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あきゅろす。
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