第三の国
チェダーの嘆き7
杞憂であれば、それで良い。
どうか。
何も起こらないで。
誰も傷つかないで。
『これより番号制夜伽を命ずる』
心臓が止まるかと思った。
頭を預けていたゴーダの肩もビクリと揺れた。耳を疑うような言葉に、頭の中は真っ白になり上手く働かない。
俺はそれまで肩を借りていたことをゴーダに感謝してから、ゆっくりと座り直した。
突然現れた高砂を始め、付き従う下監たちの数がざっと見てもいつもの三倍はいる。
それに、もうひとついつもと違うことは、今日は高砂の手に番号を読み上げる半紙が握られていた。
(六十はいる……宮殿監視ばかりだ。門番まで!?この監視の多さはなんなんだ!?)
「夜伽はついこの間、行ったばかりだろ……なのに、どうしてアイツラがいるんだよ!?しかも門番まで」
ゴーダが訝しがると、エメンタールは座ったまま冷静に監視たちを睨み上げていた。
「俺が知るかよ。大方、チェダーの勘が当たってたってところだろ!?……見ろよあの数。しかも、監視は宮殿側ばっかりだぜ」
番号制夜伽は月に一度。
この頻度が崩されたことは今までに例がなかった。
『高砂様からの格別の計らいだ』
俺が首をひねっていると、奥歯を噛み締めて苦い顔をするエメンタールが目に入った。
「高砂様」
促された高砂は数歩前に出て口を歪めた。
『宮殿奴隷たちよ!!今日は新塔長の心配りで随分と良い思いをしたようだな!?んっ!?』
脂汗が背筋を伝った。
「知っていたんだ……やっぱり」
高砂の顔には歪んだ笑みが張り付いていて、今日の一件を決して許してはいないのだと語っていた。
エメンタールの舌打ちが聞こえる。
ゴーダは俺を庇うように少しだけ前にかぶさった。
「ならば私も平等に、普段から我らが天主様のために身を粉にしているお前たち全員にささやかな見返りをしてやらねばなるまい!?そうであろう!?」
「高砂様の仰る通りです」
高砂が近くにいた監視に問えば、側にいた監視は機械人形のような無表情で答えた。
「くっひっひっ。喜べお前たち!!今宵は無礼講だ。盛大に夜を楽しもうではないか!?」
止まぬ高笑いが広間に反響する。
広間全体にどよめきが沸き起こった。
「クッソ……本当にチェダーの言う通りだったな。ろくな事考えねぇ、あのハゲ。……絶対に気を抜くなよ、二人とも」
これまでにない広間の空気にゴーダが臨戦態勢に入ると、俺とエメンタールは黙って首を縦に振った。
「何……この匂い!?」
いち早く変化に気が付いた女奴隷が、鼻を手で覆った。
「本当だぜ。それに、何かもやみたいなのが……一体、なんだ!?」
確かに、広間には不思議な香りがかすかに混じっている。それに辺りには白い煙が立ち込めていた。
「ほのかに、甘い……!?」
「いい香りだわ……」
ムアッと蒸し返るような暑さの中、謎の香りは広間中に充満していく。
「なにコレ!?……香!?」
俺の言葉に勢いよく反応したのはエメンタールだった。
「ゴーダ!!チェダー!!吸うな!!」
「お、おい。何だよ!?」
エメンタールがゴーダと俺の口を塞いで警告する。
「エメンタール!?」
俺は塞がれた手の中で、くぐもった声でエメンタールを呼んだ。
「手で口と鼻を覆ってろ。いいか、出来るだけ体勢は低くして煙は吸うな。……多分あれは、睡眠香だ」
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