第三の国
新たなる監視長5
あけびの対等な物言いに高砂のこめかみがひくついた。
徐々に高砂の纏う空気が張り詰めていくのが分かる。その雰囲気は誰の目にも明らかに、高砂が不機嫌である事を意味していた。
息を呑む者、腹を据えて二人を見守る者、怯えて数歩後退る者などその反応は立場によって様々だ。
奴隷たちも今は手を休めてあけびと高砂の様子を伺っていたが、それを咎める監視は一人としていない。
辺りにいた皆の視線が二人に注がれていた。
パニールが敗戦し、ここリコッタに新たな宮殿と塔を建設し始めてからこれまで、高砂はずっとこの地で監視役をしている。
監視長になってからは二年。数ヶ月前に塔長が亡くなってからは高砂が一人でリコッタを仕切ってきた。
その統治はまさに、やりたい放題だった。権力で部下を黙らせ、日々ゴーダのように生意気な奴隷たちをいたぶっては夜になるとお気に入りを強制的に抱く。時には同時に何人も。
高砂にすれば、やっと手に入れた権力だったのだ。
これまで築き上げてきた地位を、肩書きこそ同じ監視長だが、自分より一回りほども年下の若造に侵されるのはさぞかし癪に触るのだろう。
いつにも増して、態度にも言葉にもトゲがある。
宜しくと差し出されたあけびの手にも一切触れようとはしない。
「宮殿長の高砂だ。これはまた、随分と若くて美丈夫な監視長が来たものだな。ここにはエポワスにはない良い習慣がある……その容姿ならば、今夜にも君に抱かれたいと喚く奴隷たちが目に浮かぶようだ」
ひひっと高砂独特の神経質な笑いを見せた後、高砂は小バカにしたようにあけびを鼻で笑った。
その下品な笑い方に、俺は苛立ちが募った。
だが、確かに。この見てくれならば、ここでの性の捌け口には不自由しないだろう。
「あぁ、番号制の夜伽の事ですね。あちらでもその話は良く耳にしました。ただ……」
俺は少しずつ二人から距離を取って奴隷たちの塊に身を隠そうとした。
(こんな所で目立つなんて、冗談じゃねぇ)
そんな俺の行動が視界の端にチラついたのか、あけびは俺の方に僅かに視線を寄越すと、黙って俺の腕を取った。
「なっ……ちょっと、離して下さい」
(ふざけんな!!離せ!!)
心の中ではそう叫んでいた。
「ただ私は、自分が興味を抱いた相手しか抱けないのでね。夜は好きにさせて頂くとしましょう」
あけびの方も高砂と仲睦まじくする気など毛頭ないのか、長く続いた番号制夜伽をアッサリと拒んだ。
ジッと開かれたままの高砂の目に、俺の姿が焼き付けられる。
ブリの一件以来ずっと大人しく過ごしてきた俺にとって、あけびのこの行動は迷惑以外の何物でもなかった。
俺は高砂の視線を俯くことで何とかかわすも、心中は穏やかでない。
目線の先にいた宮殿側の奴隷たちの中に、俺はゴーダとチェダーの姿を捉えた。
二人とも高砂に睨まれる俺を見つけると、大きく目を見開い後、不安そうな顔をした。
(そりゃあ、驚くよな……何を考えてるんだよコイツは!!くそっ、人をダシにしやがって)
とりあえず二人を安心させようと、俺は小さく微笑んだ。すると、安堵したように二人が息を吐くのが分かった。
よく見ると、チェダーの隣ではもじゃもじゃ頭の若い監視が、ベソをかいて立っていた。
(何だ…………アレ!?)
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