第三の国
狩り2
情事が終わると、副長は満足そうに寝台に横たわった。
「はぁー。最高!!それにしても相変わらず上手いなエメンタールは……一体どれだけのやつと遊んでるんだよ!?」
数えたことなどない。そんな面倒なこと、したくもない。
「遊んでないですよ。ただずっと副長に声をかけたかったんですけど、最近なんだか忙しそうだったんで……。今夜誘ったこと、迷惑じゃありませんでした!?」
うすら寒い会話だと思いながらも、情事が済めば少しは相手の立場も配慮する。
「まさか!?俺はエメンタールが誘ってくれて嬉しかったよ」
その言葉に俺は慈しむように相手を見つめた。
(本当は全然いとおしくなんかねぇけど)
「顔色が優れないみたいですけど、無理してません!?」
「そうなんだ、本当に参るよ。……実はあんまり大きい声じゃ言えないけど、ちょっと前に塔の監視長が亡くなったろ!?それで今度新しく塔の監視長が来るから、俺はその手続きや準備に回ってたんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「でもな、宮殿の監視長の高砂さんは新しい監視長が来るのがどうも面白くないみたいでさ……宮殿も塔も完成間近だから監視長は自分だけで十分だって、このところずっと不機嫌だったんだ。もういつこっちに鞭が飛んでくるか気が気じゃなかったよ本当に……はぁ」
(高砂らしいぜ……自分以外に監視長が出来て権力が半減するのが嫌だってことか……このところやたらとゴーダが高砂に目をつけられてたのも、苛立ちを晴らすためだったのか)
「それになエメンタール!!この間なんか……」
(この様子じゃ、この情報を握ってるのは副長クラスの人間だけだな)
副長がこれまで誰にも新しい監視長の話をしていないだろうことは、未だ止まらぬ愚痴で想像がついた。
一度誰かに話した人間が、ここまで一つ一つ順を追って長々と話したりはしないだろう。それに、まだ自分でも話の整理が上手く出来ていないのか、時々言葉に詰まって話し慣れていないのが話の端々から伝わってくる。
今この男は、高砂への畏怖の念と他の監視たちには弱味を見せたくないという凝り固まった自尊心にその身をどっぷりとうずめている。
そんな風にしてぎりぎりまで腹にためた鬱憤を吐き出させてやることは実に容易い。優しい態度と労いの言葉をかけてやればいいのだ。
「もう、本当に嫌になるよ!!」
「それは……大変でしたね。副長じゃなければ高砂さんの鞭の犠牲者ももっと増えていたでしょうね。でも、副長も体には気をつけて下さいね。周りへの気遣いもほどほどにして貰わないと、俺とこうして会える時間も少なくなりますし」
辛うじて副長の言葉尻だけを拾った俺は、調子を合わせながら相手の頭を引き寄せると、労るように優しく唇を合わせた。
「んっ……そんなの……や…だ……」
次第に相手の目が溶けるように垂れ下がっていく。
(確かこいつが感じるのは舌の裏側と……上唇の甘噛み)
何人もいる夜の相手の弱点を覚えるのも楽じゃない。
俺は監視の髪を掴むと、上から更に深く口付けた。副長の腕が俺の首に絡みつく。
「んっ……ふっ…」
もっとしてくれとせがまれる寸前で俺は唇を離した。
「また来ます」
「泊まっていけばいいだろう!?」
「いえ、そういう訳にはいきませんよ。俺は奴隷ですから」
「エメンタールが奴隷でも俺はお前が好きだよ!!」
18歳になるまでのこの二年で、何人もの監視にそう告げられた。けれども、俺は情に流されることも、ましてや心が凪ぐことなど一度もなかった。
正直なことを言うと、相手は誰でも一緒だった。
どれだけ募る胸の内を打ち明けられても、13歳で焼印を押されてからずっと、俺にとって監視たちはあくまで俺たちを奴隷にした和神に属する敵だった。
ただ情報さえ貰えればそれで良い。それだけは変わらない。
「ありがとう。俺も副長が好きですよ」
副長の頬に柔らかな口づけを落とすと、まだ未練を残したままの相手を残して俺は部屋を後にした。
相手の気持ちを受け止めるわけでも、無下にするわけでもない。ただ、付かず離れずの適度な距離を保つ。それがこの生活が上手くいく秘訣だ。
ゴーダたちはそんな俺の夜の生活を『狩り』と呼んでいる。
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