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第三の国
本丸の後宮2


咳き込んで逃げ込んだ先は外観を見渡せる物見台だった。夜も更けているというのに雲の隙間から見える月は輝いて地上を明るく照らしていた。



「……っ!!」


言葉を見つける事も、息をする事さえも忘れてその場に立ち尽くしていた。


目の前には五年の歳月を費やした集大成ともいえる光景が広がっていた。


そして、今まで宮殿だけで生きてきた己がいかにちっぽけだったかを思い知らされた。



「どうしたのじゃ!?」


暗闇から突如かけられた声に体がビクリと跳ねた。出所を探せば、何のことはない護衛服に身を包んだ老人が優しく俺に微笑みかけていた。


「あっ…えっと…」


何と答えればいいのか思いあぐねる。月と同じ鮮やかな鬱金(ウコン)色の長繻子をを纏った俺は上品な白髪の老人を前に動けずにいた。


和神の人間なら俺のこの衣を見ただけで俺が何者なのかが解った筈だ。


俺がここにいるのはおかしい。



だって同色の繻子を着た少年達は今、ここで生き残るために階下で死にもの狂いで体を張ってるんだから――。



「あの…おじいさんは!?」


どうしてここへ。そう切り返したけど、老人は俺の言葉を聞くと目を丸くして手にした守衛槍をわなわなと震わせ始めた。



(し、しまった――!!何を考えてるんだ俺は!!注意されたじゃないか!!)



「聞かれた事には速やかに答えろ。そして自分からは何も話しかけるな。お前たちは聞かれた事にだけ答え、後はあの方にご満足戴けるように尽くせばいい。決して履き違えるな、身に着ける物が変わろうとお前たちは奴隷だ!!身分を弁えて行動しろ」


本丸に通される前、籠から降りた俺とドファンとデューにキツくそう言ったのは見知らぬ顔の男だった。その時の男の睨みが特に俺にキツく向けられていたのは、多分地下競売で仮面貴族に食ってかかった事への釘打ちなのだろう。



すっかり忘れていた。他の護衛や監視相手ならこんな失態はしなかった。相手が老人だからか。それとも、ついぞ見たことのない優しい笑顔のせいか。白髪の老人の持つ妙な気さくさは、俺の警戒心を吹き飛ばす。



「アハハハハッ!!」


回想に意識をとられていると、目の前の老人が堰を切ったように大笑いを始めた。小柄な体のどこに閉まっておいたのか。およそ夜更けに相応しくない音量に、他の護衛が駆けつけてきやしないかとハラハラした。


「おじいさんか!!!そんな言葉は久しぶりに聞いたわ!!いや、愉快愉快」


俺は全く愉快じゃない。


「あ、あの!!声を!!落として下さい……!!!」


情けない下がり眉でそう訴えた。夜も更けたから……あまり大きな声は。そんな尤もらしい理由をつけて。何の事はない。自分が見つかりたくないだけだ。



「わしはのぅ……さぼりじゃ」


「はっ!?」


耳を疑った。垢が詰まってるんじゃないかと思ったけど、毎日くま無く洗われ厳重注意を払われている体はどこも文句のつけようがない程に磨きあげられている。じゃあ何だ。聞き間違いだろうか。目の前に老人の皮を被った怠惰な若者がいる。いや、開き直りがあっさりし過ぎてるぶん本物の若者よりタチが悪い。






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