第三の国
本丸の後宮3
よほど怪訝な顔をしていたのだろう。
「思ったことが顔に出とるぞ!?」
老人は喉を鳴らして楽しそうに笑った。
「失礼なヤツじゃの」
図星をさされて顔が赤らむ。反論しようとしたのもつかの間、音もなく隣に来た老人に袖を引っ張られて俺はその場に腰から崩れ落ちた。
「まあよい。じじいの話し相手になっていけ。の!?こんな月見の晩にじじいが一人でさぼるのは寂しいぞ」
「おじいさん…口悪い」
じじい、じじいって。微笑みはとても柔らかいのに、ちぐはぐな話し方に何だか気が抜ける。
「ほれ、これやるぞ」
そう言って老人は自分の懐から二つの小さな堤を取り出すと、一つを俺の手にきゅっと握らせた。
「溢すでないぞ」
「……ありがとう」
掌に乗った白い包みの正体に首を傾げながら礼を言うと
「金平糖じゃ」
そう言って自分はせっせと中を開いて小さな粒を取り出し、口に放った。至極しあわせそうな顔を浮かべる老人はよほど好きなのか、大急ぎでもう一つ摘んで口に運ぶ。
「旨いのぅ……流石はカカからの献上品じゃ。かすめて来た甲斐があったわ。茶があれば尚良いがの。ほれ、お前も食え」
食えってそんな。これ護衛中もずっと隠し持ってたんだろうか。しかもどっかから失敬して来たみたいだし。西の大国からの贈り物を俺なんかが食べてしまって大丈夫なんだろうか。
手にした白い包み紙が国家犯罪級の重圧でのし掛かる。何てものをくれたんだと老人を盗み見れば、まるで悪びれる様子もなく目尻の皺を落として幸せそうな顔を浮かべていた。
「……ぷっ、あははっ!!」
今度は俺が辺りも気にせず笑いこけた。何なんだ、このおじいさん。こんな物を二つも周到に用意して。もう最初から本格的にさぼる気マンマンじゃないか。
涙を流しながら笑う俺の口に老人は自分の砂糖粒を放り、静かにせいと叱った。
「自分だってさっき大声で笑ってたじゃないか」
「わしはいいんじゃ、じいさんだからの」
「都合のいいお年寄りだね」
訳のわからない理屈を即座に非難すると、おじいさんはフンと鼻を鳴らして隣に腰を落ち着けた。
まあ……いっか。どうせ暇だし。点呼の時間までにはまだ一時間はある。少年達がはびこるあの部屋に戻る気はないからどこかで時間を潰さなきゃいけないと思ってた所だ。
「俺はチェダー。おじいさん、名前は!?」
「んっ…ああ、そうじゃの。名前は名乗らんとな。意外に礼儀正しいな、童」
「童って!!俺、成人も済ませてる大人なんだけど……」
「なに、わしにしたら三十、四十の男も小わっぱじゃ」
じゃあ、あけびさんも小わっぱなのか。そんな事を考えているうちに、老人は福と名乗った。ポリポリと好物の金平糖を食みながら二人で眼下に広がる離宮を眺めた。
「しかし近頃は護衛も監視もまーるでなっとらんのぅ。なんじゃあの様は。見ろ、童。高台の見張り、うつらうつらしとるぞ!!」
「あ、ほんとだ」
皺が入った指の先は本丸と二の宮の中間にある高見台に向く。よく見えるなと福さんの視力に感心しながら、ガクガク揺れる監視の頭を叩くように福さんは腕を振って見張り台のダメ出しをした。
「疲れてるんじゃない!?」
真夜中になるとどこからともなく聞こえてくる連日のどんちゃん騒ぎを俺は心の中で軽蔑視しながら、表立ってはただ心配をしている素振りを装った。
「二日酔いでか!?」
すかさず切り返した老人の表情は険しかった。驚いたことに真っ直ぐ見張り台に向けられた瞳は、俺以上に強い軽蔑とも叱責とも取れる鋭い眼差しであった。
「あ……吐いた」
うつらうつらしていた監視はいきなり起きたかと思うと見張り台の上から豪快に嘔吐を繰り返した。吐き出した異物は地上で目を光らせる監視の肩に見事にヒットし、憤慨した監視が見張り台の柱を蹴って怒り狂う。口論する声が遠くからでもしっかり聞こえてきた。
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