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第三の国
もう一人の咎人4


男は伸びきった髪を後ろにふり払って、さっきまでの気味の悪い腹這いから一転、膝を畳んで音もなく鉄格子の向こうに正座した。慣れた仕草だった。長い間ここにいて男がどんな風に生きてきたかは分からない。それこそここに来る前なんかそれこそ想像もつかねぇよ。だけど、もしかしたらこんな所にいるべき人間じゃないのかもしれない。美しい座り方、すっと伸びた背筋、決して俺から離れない強い目線がそう思わせた。


「貴方は毒に侵されている」

は?何だ?聞き間違いだろうか。男の言葉が理解できず口が半開きになった。


「ははっ。おかしな事言うヤツだな!!確かにここに来て何十日も経ってボコボコにされてるけど、まだまだ弱ってねぇよ!!見ろ!?この通り、ピンピンしてる!!」


おかしな所なんてどこにもないだろう。お前の方こそ大丈夫かよ。長く牢に居すぎてイカれちまってんじゃねぇの。虚言癖とまでは言わないけどさ。


ばっかじゃねぇの、と軽く笑い飛ばした。そして笑顔で広げた自分の両腕を見てギョッとした。まるで女子供のそれだ。細い。脚も腹も。堪らず目を逸らす。


光の射し込む位置から少し腰をずらして、さっきまで座り込んでいた石床の足元にそっと手を伸ばした。秋の陽射しに輝くいちょうの葉を一つ拾う。


相手の独房は深い沼の底だ。俺の独房だけ彩るなよ。罪も何もないいちょうに文句を垂れても仕方ないけど、出口のない怒りが込み上げた。


「もう一度言います。貴方は毒に侵されている」


欠片も迷いの無い断言だった。男の眼光は鋭く、真剣そのものだった。とても茶化しながら話を聞く雰囲気ではない。静かオーラが俺を圧倒する。ごくりと唾を飲んで俺は男と同じようにいちょうの上に正座した。







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あきゅろす。
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