第三の国
エポワスから来た男の子
緊迫の瞬間が過ぎ、番号を呼ばれなかった奴隷たちは安堵した様子で続々と部屋から出ていった。
俺たちもその流れに倣って、広間を後にする。
「しかしよー。毎週毎週いやになるぜ!!俺なんかここに来てまだ一年だけど、最初にここの習慣を聞いたときは変態の巣窟だと思ったもん!!」
両手を頭の後ろで組んだパルが寝所までの道を歩きながら小さくぼやく。
まだ14歳のパルにとって、男同士が平然と体を重ね合うこの環境は、異様としか言いようがないのだろう。
「でもお前、さっきは確か俺と寝ろってチェダーに言ってなかったか!?」
そんなパルの物言いにゴーダが先ほどの広間での話を蒸し返した。
「チェダーはいいんだよ!!……何て言うか、別腹!?みたいな!?でも監視たちは嫌だ!!」
俺やゴーダだって最初はもちろん激しい嫌悪を抱いたが、13で奴隷になってから5年。
これまでに、たくさんの奴隷が強欲な監視たちの相手をさせられて屈辱を受けてきたのを俺は知っている。
まだ今より幼かった頃、一人の男の子が、エポワス地区からリコッタにやって来た。
奴隷になりたてだった当時の俺たちにとって同世代の子供は珍しく、しかも他地区から来たとなれば、もうそれだけで旺盛な子供心を刺激する。
「おいっ!!なぁ、お前!!名前は何て言うんだ!?」
そういう時、決まって先頭を切るのはゴーダだった。
昼の食事時に、キラキラと目を輝かせるゴーダの様子に戸惑った彼は、眉根を寄せて少しだけ身構えた。
「……おいゴーダ。お前が唐突すぎるからこいつビビっちまったじゃねぇかよ!!」
エメンタールがゴーダの頭をはたく。
「いってぇな!!何すんだよ!?じゃあどうすりゃいいんだよ!?……あっらぁ、ご機嫌いかが?!って聞けばいいのかよ!?」
女の人みたいに小指を立てながら、ゴーダは片目をつむってみせた。
「オェッ。何してんだよ!!気持ち悪ぃな!!そうじゃなくて、もっと他に声のかけ方があるだろう!!このバカ!!!」
「なんだよ!!バカって言う方がバカなんだぞ!!」
「そっちかよ!!大体、俺がバカならお前は超絶バカだ!!!!」
「何だと!!この野郎!!」
「ちょっと、ゴーダ!!エメンタール!!何で二人がケンカするんだよ!!やめなってば!!もぉ…ほら離れて!!…ごめんね。いつもこうなんだ」
俺は取っ組み合いを始めた二人を両手で押し広げ、間に割って入りながらその子に向かって謝罪した。
「ふっ……ははっ!!あはははははっ!!」
(あっ…笑った)
来たばかりで周りに知り合いはなく、随分と気が張っていたのだろう。俺が見た彼の初めての笑顔だった。
「おい……こいつ笑ってるぞ」
その様子にエメンタールが首を傾げる。
「お前のこと笑ってんだろ!!なぁ、チェダー!?」
「いやいや、これは絶対にゴーダの顔を見て笑ってる!!なぁ、チェダー!?」
「「何だよ!!やんのか!!かかってこい!!」」
「もぉ!!いい加減にしなよっ!!!!二人がケンカするから笑われてるんだろ!?」
「「だってこいつが!!!!」」
再び掴み合いを始めた二人は、互いを指差しながらボサボサの頭で声を揃えてそう言った。
「あははっ…ひぃ…ふっははっ…し…死ぬ…お前ら可笑しいよ…あはははっ」
彼はしばらく笑い続けると、柔らかな笑みを作って自己紹介をした。
「はぁ…可笑しかった。笑って悪かったよ。俺の名前はブリ!!宜しくな」
「…………変な名前」
ボソッと呟いたゴーダの頭をエメンタールは容赦なく小突き、俺はゴーダの背中を力いっぱいつねった。
「いってぇな!!お前らだってそう思っただろ!?」
(……思ったけど)
「言っていい事と悪い事があるんだよ!!」
「そうだよゴーダ、失礼だよ」
「いや、いいよ!!慣れてるから!!気にすんな!!」
ゴーダの肩に手を置いたブリの表情は明るく、目尻には先ほどの名残か、涙が溜まっていた。
ブリの明るさ、そして爛漫さに俺たちは惹かれ、それからというもの俺たちは四人で過ごすことが断然多くなった。
「ここじゃ宮殿や塔を作るのに男手が必要だけど、エポワスじゃ女の奴隷も沢山いたぜ!!」
リコッタに女手がないわけではないが、女は宮殿や塔にでは作業が出来ない。神聖な場として造られている宮殿は女人禁制なのだ。だから彼女たちは、宮殿や塔から離れた場所で作業をしている。
「へぇー。じゃあ一緒に働くのか!?」
「あぁ!!もちろん!!女はいいぜ!?作業場に花がある!!ここは男ばっかで気楽だけど、楽しみがねぇな!!」
鼻を鳴らしてにブリがそう答えると
「…まさか!?お前もう経験済みなのか!?」
「えぇっ!?お前やっちゃったのか!?」
エメンタールとゴーダの食い付き方が物凄い。
(まったくこの二人は……)
「もぅ!!何てこと聞いてるんだよ二人とも!!」
「「シッ!!チェダーは黙ってろ!!今いいところなんだ!!」」
(この二人……何でこんな時だけ仲良しなわけ!?)
そう思いながらも、二人にとってはとても重大なことらしいので、俺は大人しくしていることにした。
「あぁ。すげぇ気持ちよかった」
「「おぉーー!!」」
「柔らかくて…それから吸い付いてきて……」
「「うぉーー!!それで!?それで!?」」
(……息ぴったりだし)
「最高の……唇だった」
幸悦に浸るブリとは対照的に、ゴーダとエメンタールの雰囲気は重たく沈んでいく。
「はぁー!?何だよ唇かよ!!」
「そんな事だろうと思った」
二人は期待を裏切られて、ガッカリしたように肩を落とす。
「な…何だよ!!俺にとっては一大事だったんだよ!!俺はお前らみたいに顔の作りは良くねぇし、それにチビだし……。チェダー!!お前はこの気持ちを分かってくれるよな!?なっ!?」
ブリのすがるような眼差しに、俺は頷かざるを得ない。
「う…うん。まぁ、そうかな」
「いや、顔だけならチェダーが一番整ってるだろ」
「うっ……。」
「あと、現時点ではチェダーが一番先を行ってる」
「なにーっ!?そうなのか!?チェダーの裏切り者!!」
「えっ!?あっ…ごめん」
「謝るなー!!余計惨めになるだろうが!!」
一緒にご飯を食べたりエポワスとリコッタの話をしたり、時にはこんな風に下世話な会話も沢山して、俺たちは互いに支え合った。
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