第三の国
現れた天主4
「いかん。忙しさにかまけてお前が手当てを受けてる所を見てこなかったから、どうにもやり方がわからねえ……なあエメンタール、服を脱がせたら次はどうするんだ!?」
あけびは下監の慌てふためきを気にも介さず、薬瓶と俺を交互に見て小首を傾げて唸っていた。
「……いや……それよりもさ。どうするんだよアレ。完全に誤解してたぞ」
「まあ――そうだな。普通の神経してたら勘違いの一つもするだろう。お前は半裸だし、俺は跨がったままの状態だし」
……よくもいけしゃあしゃあと。まるで人の目を気にしないあけびの神経の太さに呆れと苛立ちを感じながら、俺は少量の息を吐き出して何とか体を反転させた。
自分重みに潰された背中の傷が悲鳴を上げたが、長年飼い慣らした外面がそれを必死に隠した。
腹の上に跨がるあけびと正面から向き合う。耳の奥で鼓動が聞こえた。
「分かっているなら早く退いてもらえると有難いです。ほら、変な噂立ったらお互い本意じゃないでしょう!?」
にこやかに笑ってみせると、あけびの眉間にこれでもかというほどの縦ジワが刻まれた。怒らせたかと思ったが瞬きするほどの間でいつもの顔に戻り、あけびはゆっくりと俺から離れた。
それはそうだ。こいつにも立場がある。小綺麗な性奴隷を多数抱えているならまだ尊厳も保てるが、特定の奴隷と噂になるなんてあけびみたいな高監にとっちゃ恥以外の何物でもない。しかも相手は労働奴隷。
高砂派が聞きつけたら、好き勝手に吹聴しそうな格好の話種だな。
そんな風に思っていると、体が宙にふわりと浮いた。
俺は訳が分からず目の前の固い柱に掴まると、腰に重みを感じた。
恐る恐る視線をあげると、これまで見たこともないような胡散臭い笑顔を見せたあけびが俺に爆弾を投げつけた。
「さあ、湯あみにでも行くか」
「ちょっと待てよ!!ふざけんな!!何であんたの湯あみに俺が巻き込まれるんだよ。行くなら一人で行けよ!!」
冗談じゃない。しかも何だよこの持ち方。
横抱きにされた火を噴きそうな面映ゆさを暴れまくって打ち消そうとした。あわよくばあけびの腕から逃れたかったが、がっしりと筋肉のついた全盛期の男の力には到底敵わず、あれよあれよと言う間に俺たちは部屋の外に出た。
「湯あみを提案したのはお前だろ!?だったら付き合ってくれるよな!?」
暴れたら落とすぞ。そんな脅し文句をぶら下げて、あけびは悠々と湯殿へと続く廊下を歩き始めた。
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