第三の国
現れた天主5
…………最悪。
白く温かな湯気が辺り一帯に立ち込めて、滑らかな石で作られた龍や魚の像が今にも動き出しそうな躍動感で柱や浴槽を飾る。俺はぐったりと気疲れして鼻まで湯に浸かると、一人この世の終わりを噛みしめていた。何かもう……いっそ何もかも塵になればいいんじゃないか。俺も監視も。
でも、もし許されるなら……。
俺は風呂の縁に右腕をかけ悠々と胸まで湯につかる男を思い切り睨み付けた。
もし許されるなら――。
「気に入らなかったか!?前塔長ご自慢の湯殿らしいが……そうか。そんな隅っこで河童のマネをするほど嫌か」
(真っ先にこいつを塵屑にして荒野の果てに散布したい!!!)
顔半分を水面につけたまま、俺は鼻から出した気泡で抗議をした。
あけびの部屋からこの湯殿に到着するまでの数十分。俺にとってはひたすら羞恥との戦いだった。回廊を歩けばひそひそと囁かれ、脱衣所ではあけびに服を脱がされかける。中監・下監が使う浴場をバカ男が俺を担いで闊歩すれば、自然と散々好機の視線に晒され、心は消耗し、ささくれ立っていた。
「おまえね……ブクブクやってないで、文句があるなちゃんと口で言いなさいよ」
濡れた前髪を掬いながら、あけびは声を出して笑った。その度に鍛え上げられた胸が上下し、縁に乗せた腕の筋肉も盛り上がる。ついさっきまでくたびれた顔をしていた癖に……今は変に艶かしい。
見る気がなくても目につく体に釘付けにならない様に視線を外すと、お湯から顔を上げて隣と繋がる奥の通路を眺めた。隠れるつもりもないのか、隣の浴槽からやって来た野次馬監視たちが、ぴょこぴょこと通路から頭を覗かせている。盛大なため息が鼻から出た。
「おい……っ、押すなよ!!前の方見えるか!?どうなんだよ!?」
「ああ、たぶん噂の奴隷だ」
「しかし驚いたな。一緒に湯殿とは……」
「じゃあ、やっぱり。あの話もデマじゃないんだな!!」
「……あの話!?」
「そうだよ!!何でもあの奴隷はあけびさんの大のお気に入りで、性奴隷も番号制夜伽も断ってきたあけびさんから毎晩のように情けを受けてるって」
「うぉーーっ!!何だよソレ!!エロすぎ!!想像しただけで腰くだけ!!」
「……勝手にくだけてろ。そんでそのまま一生立ち上がるな!!」
きゃいきゃい小娘のように騒ぐ野次馬を白けた目線と毒舌で一掃してやった。ただ悔しいのは、距離が遠すぎて誰にも伝わってないことだった。
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