第三の国
白い手3
手のひらに乗った丸いパンを強く握りこんだ。少しだけかじったそれは簡単にひしゃげ、次第に小さな塊となった。
食わなければ、生きられない。
分かっている。分かっているのに、込み上げてくる自分への情けなさに奥歯が唸るように軋んだ。
「……自業自得の顛末だろ」
眠ることもままならない仕打ちも、その日ごとをパン一つに託す綱渡りの命も全て、俺が招いたことだ。
なんて無様で、みじめなんだ。
苦い気持ちと一緒に一気にパンを口に放り込んだ。ろくに噛みもしないで無理やり胃に押し詰め、そのまま滑り落ちるように冷たい石壁に背中を預けて足を投げ出した。足枷の先についた鉄球が引きずられて鈍く鳴り、鉛の重さで足首に枷が食い込む。
後頭部をゴツンと壁につけて目を閉じる。
一人になってしまえば、自分の脈の音まで聞こえそうなほど静かな夜だった。
「いつ以来だろうな……こんな静かな夜は」
いつもなら隣に感じる親友たちの寝息も、うるさいロックフォールのいびきもしない。大部屋で五年過ごしてきた俺には当たり前の夜な夜な泣き出す誰かの声や密談を始めるカゼウスの大人たちの真剣な雰囲気も今は思い出すことしか出来なかった。
「やめろって……泣きそうだ」
閉じた目の上からさらに腕で顔を塞いだ。一度みんなのことが頭を過ると、苦しかった戦時中や反乱期の記憶までが一気に溢れ出して止まらなかった。弱い自分が一番見たくない。拳を強く握り、呼吸を繰り返して気を持ち直す。
じきに交代の監視たちが石階段を降りてやってくる。俺は手に残ったパン屑を舐め、鎖で繋がれた両手で口元を拭ってパンの痕跡を念入りに消した。
弱気になってる場合じゃねぇ。
生きるんだ。
生きて……みんなの下へ。
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