第三の国
奴隷たちの恋6
もう何を言っても聞かないだろうと思った。
「そこにいて」
俺は広間の中へ戻ると人波を割って、入口近くに積まれていた布地の山から一番新しくて大きなタオルを二つ選んだ。それからパルの元に踵を返して、手にしたタオルを両方渡す。
「ほら、拭いて。それから、こっちは頭から被る」
一つは体を拭くため、二枚目は雨で冷えきった体を温めるために広間から失敬してきた。どうせまたずぶ濡れになるけど、無いよりはマシだろう。それに頭から被れば顔をしっかり見られることもないはず。
「……パル。叩いたりして、ごめんな」
俺は赤くなっているパルの左頬をそっとさすった。加減もせず思い切りいったから、痛かったに違いない。
「へへっ。こんなのへっちゃらだよ!!だってチェダーは俺のために叩いたんだろ!?俺が危ない目に会わないように、折檻されないように、わざと怒ったんだ。……俺、分かってるよ」
パルは小さく笑みを漏らした後、真面目な顔でそう言った。やっと戻ったいつもの笑顔は、見る者を癒す満開の花のようだった。
「ありがとう、チェダー。我が儘聞いてくれて」
ごしごしと体を拭きながら、パルはきちんと感謝を述べて頭を下げた。まだ声変わりの済んでいない高めの声が今日はやけに大人びて聞こえた。
(大きく……なったな)
こんな腐った奴隷制度に身を置いていても、パルの心は真っ直ぐに成長している。リコッタだけじゃなくパニールのみんなが、この五年で死にたくなるほどの惨めな思いを噛みしめている。耐え難い生活や先の見えない未来に心が折れ、気が触れてしまった大人も多くいるのに……繊細で多感な年頃のパルはこんなにもたくましく育っている。
「パル、大きくなったね」
「えっ!?俺ちっともおっきくなってないよ!?むしろ、ガリガリになった!!」
「いや…そうじゃなくてね」
「うししっ。四つしか違わないのに、何かチェダーじじくせぇ!!」
やっぱりまだまだ子供かな。そう思いながら俺は止まない雨を眺めて気を引き締めた。パルも俺に倣ってどんよりと灰色に淀んだ空を見上げる。
「さあ、行こう」
「うん!!」
地面の上をを大きく跳ねる雨の中を、俺とパルは駆け出した。
(エメンタール。どうか無事で!!)
そう、強く思いながら。
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