第三の国
高砂派の強行8
「さあな。だが、数十は堅いだろう」
「人ひとり喰うだけなら、十分すぎるな」
監視たちの不気味なやりとりの中、軽い食事を終えた虫たちは次を求めて長い触覚を動かした。向きを変えて触覚の先が床に散った俺の血液を敏感に捉えると、虫たちはカサカサと音を立てて少しずつこっちに近づいてきた。
(やめろっ!!くるんじゃねぇ!!あっちへ行け!!)
そう叫んで逃げ出したいのに、俺の声は枯れたまま音となって外に漏れることはなかった。
(クソッ、これさえ外せれば!!)
手足を縛る縄を外そうともがいてみるも、体は手の先がほんの少し動くだけでまた力無く床に舞い戻った。
(あの蓋が開けられたら、本当に……本当に死ぬ!!)
気持ちが焦る。まかさこんな形で死を迎えるなんて思ってもみなかった。奴隷になっても五年生き延びてこれた。だから、これからも何とか生きていけると思ってた。
ゴーダと。
チェダーと。
一緒にこの生活を生きてきたロックフォールやパル。そして、リコッタのみんなと――――。
「奴隷贔屓の非監視が統治するリコッタなんて、他地区に対して何の示しにもならない……。俺たちが望むのはあんな腑抜けた上監じゃない!!リコッタを厳しく律する高砂様お一人だ!!!」
「そうだ!!この地にふさわしいのはあの方だけだ!!」
「だからあの方が安心してこの地で権威を奮えるよう、邪魔になるヤツらは私たちが排除する。徹底的にな」
「高砂様、万歳!!」
『高砂様、ばんざぁい!!』
三人が高々と両手を天に向かって突き上げ、そして勢いよく桶の側面を蹴飛ばした。
蠢く数十の虫たちが、ついに桶の外へと一斉に放たれた。
「くくっ。ざまあみろ!!」
解放された虫たちは想像を絶するおぞましさで、腹を空かせた虫の大群が我先に餌にありつこうと折り重なって姿を現した。
先ほどの三匹がどこにいるのかも、もう分からない。そんな状態で俺の周りを取り囲むように見事な茶色の枠が出来上がった。
無数の触覚が血と肉を求めて過剰に揺れる。楕円形の胴体がこれ以上ないほど醜く見えた。
(――こわい)
全身に鳥肌が立ち、動かない体が痙攣したようにひきつけを起こしていた。
「さあ、行くぞ」
「えっ!?見て行かないのか!?」
「やめとけよ。二度と肉が食えなくなるぞ」
「不運だなエメンタール。あんな友達を持ったばかりに身代わりにされて。そして私の耳を削いだ代償もきっちり償え。なに、お前のような輩のちっぽけな命でいいと言ってるんだ。安いものだろう」
細目の男が歪んだ顔でそう言うと、監視たちは高笑いをしながら下監が逃げ去った烙印所の出入口へと足を進めていった。
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