第三の国
高砂派の強行7
桶の蓋がカタカタと音を立てるのに敏感に反応した中監が、話が違うとばかりに細目の男に詰めよった。
「お、おい!!俺はそんな話聞いてないぞ!?」
「わ、わたしもです!!人の肉を喰う虫だなんて……虫は苦手なんです!!や、止めて下さい!!」
必死の形相で訴える下監の熱意も虚しく、細目と小柄な監視は奴隷たちに見せるような蔑みの眼差しで二人を見た。
「高砂様のために虫すら耐えられないのなら、今ここで私がその首を飛ばしてもいいんだぞ。尊意の薄い馬鹿は邪魔なだけだ」
「それに言っただろう。血液に反応すると……死ぬのはヤツひとりだ。それでも不安なら全身を清めてこい」
身の安全を保証されて気が緩んだのか、虫を恐れていた二人は安堵の息を漏らしたあと嬉しそうに渇いた笑いを立てた。
「試してみるか」
細目の奥がギラギラと優越に揺らめいて、その足先がわずかに蓋をずらした。
桶の中から黒い塊がいくつか飛び出した。
その動きの速さに今の俺の目ではついて行けず、わからない虫の正体に肌が逆立つ。
(人の肉を喰う虫――そんなものが、本当に存在するのか!?)
「お、おいどこだよ!?どこに行った!?」
「わ、わかりません!!」
俺を打ち続けて溜まった疲労のためか、それとも元々あまり動体視力に長けた方ではないのか。監視たちは青くなって虫の行方を追った。
俺は慌てて自分の体に視線を巡らせるも、異物が皮膚を滑るような不快な感覚はない。
(どこだ!?どこにいる!?)
その場にいる全員がキョロキョロと辺りに視線を巡らせていると、細い目がさらに半分になって一点に注意がそそがれていた。おれは監視に倣って床を見た。
(――――いたっ!!!)
だが、その光景に身震いが起こった。
長い触覚。
光沢のある茶色の胴体。
発達した足。
地を這う人喰い虫は、俺が吐き出した監視の耳の欠片に覆い被さるようにして蠢いていた。
「う、うわぁぁあぁぁあ!!」
悲鳴を上げて下監が出入口へと駆けていった。話を聞かされていなかった中監も、逃げることはなかったがその表情は見るからに恐怖で引きつっていた。
「……食ってる」
監視たちは誰ともなしに呟いた。小さくなっていく肉の塊を呆然と立ち尽くしながら眺め、細目の男だけが削がれた体の一部を虫に喰われながらも、小さな笑みをこぼしていた。
「い、一体何びきの虫が入ってるんだ!?」
こわごわした様子で、中監が尋ねた。手桶程度の小ぶりな入れ物にはまだしっかりと蓋がされている。しかし揺れる桶は中からの圧力で横転しそうなほどで、その危ういようすがその場にいた者の恐怖を一層煽った。
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