第三の国
本来の自分5
チェダーの想いとは裏腹に、広間のあちこちからは実際にあの場に居合わせた男達の熱弁が聞こえてくる。
ある一団では。
「高砂のやるぉお!!俺たちの可愛いチェダーの尻を撫でくり回しやがって!!俺は許さねぇぞ!!」
「まったくだぜ!!俺だって出来るものならチェダーの尻をだなこう……」
「馬鹿野郎!!何だその手は!?俺はテメェなんかにチェダーをゼッテェに渡さねぇ!!」
「そもそもお前のじゃねぇだろう!!」
「ちょいとあんたたち!!うるさいったらありゃしないよ!!大体チェダーはあたしんだよ」
肝っ玉の座った女がどさくさに紛れて名乗りをあげた。
「あっ!!おばちゃんズルイ!!あ…あたしだって……」
もじもじと恥ずかしがりながらもおさげ髪の女の子が対抗する。
こんな会話があちこちでひっきりなしに続けられる。また別のグループでは。
「ナニーー!?チェダーのケツが狙われた!?何処のどいつだぁ!?」
「高砂だよ!!ちくしょうあの野郎。宮殿の梅の飾りを投げつけてやる!!」
「おい!!お前等落ち着けって。」
「お待ち。ヤツの股間に一発お見舞いしなきゃあたしの気が済まないよ」
今度は別のまん丸とした恰幅の良い女性が、チェダーの敵をと男たちが怯むほどの意気込みを見せた。
「ちょい待ち!!その役目なら、わたしに任せてもらおうじゃないさ!!」
一人の女が口を挟めば、次から次にぽんぽんと言葉が飛んでくる。リコッタの……いや、パニールの女たちは本当に強い。特に……年配者。
俺自身も彼女たちの勢いに圧倒されながら、食事に手をつけた。
「ほら見ろ!!言いふらしたの俺じゃないだろ!?ゴーダのバカ!!」
そんなパルの嘆きを無視して、俺は驚きの声を上げた。
「オイオイ。しかし、何だってみんなこう血の気が多いのばっかりなんだよ」
「真っ先に高砂に殴りかかろうとした奴がよく言うぜ!!……まぁ、とにかく用心しておけよチェダー。それでなくともお前を狙うやつは内にも外にも多いんだからな」
エメンタールが本心からチェダーを心配している。
仲間内にしか見せないエメンタールの優しい目を見ながら俺はそう感じた。
(こいつは労働中は案外イイコちゃんを演じてるからな。でも大人しくしてるかと思えば、昼間の反動からか夜は密かに監視役どもを手懐けてるところがまた……。まぁ色々スゴイ奴だってことだ)
「おいゴーダ。どうしたんだよ!?そんな熱の籠った目で見ても俺は友達は抱かねぇぞ」
エメンタールを見ながら百面相をしていたらそんな風に返された。
「俺だってお前は嫌だよ!!はぁ。チェダー、お前は極力俺たちから離れるなよ!?」
「……判った。気をつけるよ」
周りの声と真剣な俺たちの様子をチェダーも真摯に受け止めた。
「そうだぞ!!チェダー。本当に気を付けなきゃダメだぞ!!特に高砂と……あとゴーダに」
「テメェはいっつも一言余計なんだよ!!大事なモノ握り潰されたいのか!!」
俺はパルに向かって掌を見せると指を曲げてゆっくりと握り込む動作をした。
「はうっ。痛い!!」
本当に握られたわけでもないのにパルは苦しそうな表情を浮かべると、両手で急所を押さえつけた。
俺たちは大きく口を開けて豪快に笑い、辺りには和やかな空気が流れた。
疲れきった心と体が少し軽くなる。
総勢五百人に渡る奴隷が一堂に会すこの空間では、どれだけ大声で笑おうが誰の目を気にすることもない。
監視役の目が届かないこのわずかな食事時間だけが、息詰まる奴隷生活を忘れてみんなが本来の自分に戻っる瞬間だった。
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