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第三の国
あけびとエメンタール12

真珠入りの豪華な酒を、あけびは僅かにも惜しくないのだろうか。大きく喉を鳴らしながら杯に口をつける男を俺はしばらく眺めていた。



『いつまでベッタリくっついてるんだ』


あけびに指摘された言葉が耳に蘇る。答えられないでいる俺を喉を潤して彼は待っている。



いつまで……。


俺は座っている椅子の上で拳を握り下唇を噛みしめた。歯で柔らかな唇を挟み込むと、苦い鉄の味が口に広がった。



「そんなにベッタリしてますかね!?」



渇いた笑いが空気と一緒に口から漏れた。確かにわずかの間も惜しんで出来る限り一緒にいようと心がけているのは認める。だけどそれはゴーダがいない今、傍にいてチェダーを守ってやれるのは俺だけだって理由からだ……それに、それがゴーダと最後に会ったあの夜に交わした約束だから。



「ああ、してるな。聞けば四六時中、あれやこれやと世話を焼いてるそうだな。そんな今のお前らを例えるなら……さしずめ雛鳥とそれを見守る母鳥ってところだ」


飲み干した杯を机に置いて、あけびは今度こそ茶化すような視線を向けた。くつろげた寝間着のえり元からは引き締まった胸が見え隠れしていて、男の盛りを感じさせる。俺はあけびから視線を外して窓越しに映る夜空を見た。部屋に入ってきた時に眺めた美しい月輪が、ちょうど雲の合間に顔を隠したところだった。



「……確かに。多少、過保護になりすぎていたかもしれません」


俺は男に双眼を向け、臍のあたりに力を入れて姿勢を正した。あけびはあごに蓄えた髭に手をかけて弄ぶ。それから、まるで安物の酒をつぐように黄金に輝く蜂蜜酒を杯に流すとまたその中に真珠を落とした。



「そんなことじゃ、チェダーを甘ったれにするだけだろうが」


友への侮辱に俺はすかさず反発した。



「あいつは俺に勝手に守られてるだけです。それに、誰に対しても大っぴらに弱さを見せることはありませんよ!!」



「でも、今日は泣いてたな」


「それは、あん……あなたがゴーダの居場所に期待を持たせるから、緊張の糸が切れたんでしょう!!」



「そう。可愛い純粋なチェダーは儚く泣き崩れてたな………………お前の気持ちも知らないで」









「なんの……話です!?」


体が硬直して声が微かに震えた。頭がぼんやりとして言葉の処理についていけず、やけにのろのろとした話し方になってしまった。



「お前さ、本当にゴーダに戻ってきて欲しいと思ってる!?」




「なにを……何を言ってんだよ、あんた」


体の底からねじり上がるようにして激しく溢れ出てくる怒りを、俺は必死の思いで耐えた。二度も逆鱗に触れて来た目の前の男に強い憤りの視線を送りつけるが、それを受けるとあけびは口角をつり上げた。



「だってそうだろう!?あいつがいなければ、お前はずっとチェダーと一緒にいられるんだ」



「これまでだって、ずっと一緒だったさ!!!!!」



そう。


三人ずっと……一緒だった。


怒鳴りつけた俺の声は部屋に響いて自分の耳にやたらと大きくなって返ってきた。



「仲良しだねえ。だけどそれって、いつまで続けられるんだ!?五年か!?十年か!?……お前はそうやって、ずっとあの二人の傍であいつらの行く末を見守るのか!?」


「だったら何だよ!?それの何が悪いっ!!!!」


固く握りしめた拳が肉に食い込む。肩がいかりながらも上下に小さく揺れていた。取り繕っていた化けの皮がメキメキと剥がれていく。



俺はそれで満足だ。二人が幸せなら、それでいい。






「なあ。考えてもみろよ!?今ならチェダーを奪えるぞ!?……あいつを、お前だけのものに出来る」



「いい加減にしろっ!!!!!!いったい、何が言いたいんだよ!!!!」



俺は前のめりに立ち上がってあけびに掴みかかった。寝間着のえり元をキツく締め上げながら、俺は自分を見下ろす冷たい目を激しく睨み付けた。







「……本当は邪魔なんだろう!?ゴーダが」




目の奥がカッとなって、俺は迷わずあけびの頬を殴りつけた。あけびは長椅子を倒しながら床に反転して鈍い音を立て、低くうめく。それでも俺は構わず、ひっくり返った長椅子とあけびの上に馬乗りになってその顔をもう一度渾身の力でなぐった。








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