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第三の国
あけびとエメンタール10

「三の宮……遠いですね」



「確信はない。あくまでも可能性が一番高いってだけだ。宮殿や塔の懲罰房なら監視や奴隷の人数が多い分、誰かに気づかれる危険があるからな」


「だったら、二の宮はどうなんですか!?条件ならあそこだって……」


俺の問いに、あけびは大きく首を横に振って否定した。


「あそこは貴族出身のお姫様が使うらしいからな。絢爛豪華な世界でどっぷり甘やかされて育ったお嬢ちゃんが、自分の部屋の地下に罪人を置くことを許すと思うか!?」


「……ないですね」


「となれば、臭いのは三の宮だ。しかしまあ、70過ぎたジイ様が20前後の小娘を妻取るのも、それに応える女も異常だよな。ここもそのお嬢ちゃんの我が儘でこんなデカさになったって噂だしな」


そもそも離宮であるにも関わらず天主の側室にまで御殿を用意してリコッタを盛大に仕立てあげるのは、支配国に置いたパニールをはじめ、何よりも目下の対立国であるカカ王国や他の近隣諸国へ向けた権力の誇示だと、ロックフォールは言っていた。



だけど、他にもそんな理由があったのか。




顔も知らないどこかボンヤリとしただけだった敵国の主が、若い女に入れ込むただの好色ジジイとなって俺の脳裏に刷り込まれる。



「しかしそれも子孫繁栄のためですから。後継がいればひいては和神の、そして民のためにもなります」


「子孫繁栄ねぇ……70じゃ使い物になるのかも怪しいもんだがな。それにその子孫繁栄をやってのけた先代はバカ息子たちに王位争いを巡って暗殺されたんじゃなかったか!?」


「あけび様……あなたって人は。誰の味方ですか、まったく。そんなことだからイジワルされるんですよ」



自国の頂点に君臨する人間に対してさえ明け透けな態度をとるあけびに、源平が呆れながらため息を吐く。



そんな二人のやり取りの中で、俺とチェダーは互いに目配せを交わした。泣き崩れたせいで瞼が赤く腫れて重たそうにチェダーの目を覆っているが、その何かを強く訴えるような眼差しは決してぶれることはなく、俺はひとつ頷くことでそれに応えた。



(三の宮か……それがもし本当なら、どうにかして助けに行かねぇと!!)



ただ宮殿と塔が作業場である俺とチェダーにとって、三の宮はあまり馴染みがなかった。もちろん、外観を眺めたことくらいはあるが、それもこの五年で数えるほどだ。奴隷たちの持ち場移動が極端に少ないリコッタでは日中は過酷な労働に追われ、飯時と睡眠時の他は常に監視下にあるため、自然と割り当てられた建物以外は疎遠になる。



「とにかく、用件はその二つだ……あとは別件」


「ゴーダくんの件は力になれず、本当にすみませんでした」



源平と軽い攻防をしていたあけびは俺たちに向き合うと、話の終わりを告げた。そして源平は再度俺たちに頭を下げて謝罪をした。生真面目なこの人の性格なのだろうが、あけびと同じで源平も変わっている。あまり俺たちを奴隷扱いしない。


強い視線を感じて、俺は顔を上げた。すると、初めて会った時のような隙のない笑みを浮かべてあけびが俺をジッと見ていた。



「エメンタール、お前はここに残れ。話がある」


「は!?」


「源平。悪いがチェダーを大部屋まで送ってやってくれ」


「ええ。構いませんよ。では行きましょうか、チェダーくん」


「えっ!?へっ!?あの、ちょっと……エ、エメンタール!?」

「フフッ。邪魔は無粋というものですよ。ではあけび様、失礼します」



「ああ、おやすみ」



「あの、ちょっと!!自分で歩けますから、源平さん。離して……エ、エメンタール!!エメンタールゥゥ〜〜」



山びこのように尾をひいて俺の名を呼びながら、チェダーは有無を言わさず源平に引きずられて行った。俺は伸ばした腕を虚しく宙に浮かせたまま、唖然としてその様子を見送った。






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あきゅろす。
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