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*花落し
□動



「潮時だ」

高杉がゆっくり口にした。

「天人共とのルートも出来たし 各方面に根も張った」
隣で酌をする銀時に自ずから酌をしながら
「ここらで拠点を変える」

高杉が口の端を歪めた。

あぁ やっぱり
注がれた酒に口をつけながら、銀時は思う。

色々な繋がりが出来たということは、それだけの人間や天人に此処が知れたということだ。
長居すれば足が付く可能性は否めない。

「この店を畳んで少しの間俺は姿くらます」
「店の奴らは?」
「番頭に預けるさ」
「そう か」

銀時が少しだけ安堵の息を吐く。
幾ら隠れ蓑とはいえいきなり投げ出すのはしないと聞いて、先日下駄を貸してくれた彼のあどけない顔が浮かぶ。


「お前も支度しろよ」
「あ おぉ」

そうだ。
自分も此処を動かなくてはいけないのだ。
さてどうしようか と思案し始めた銀時に

「当てがねぇなら来るか?」
一緒に

高杉が言った。

「此処じゃ…―色々嫌な思いもさせたが」
真っ直ぐ銀時を見据えて
「もうそんな事ねぇ だから…」

少しだけ戸惑った様子を見せたが、ふっと微笑んで銀時が高杉の肩に額を付け

「あぁ…」

小さく頷いた。


ほんの一瞬 過ったのは黒髪の…


「…あの客か?」

その戸惑いを見逃さず高杉が聞いた。

「…いや そんなんじゃねぇ」

相変わらず鋭いと思いながら

「お前が…俺を連れてってくれるって言ってくれるからよ」
笑ったのは本当に嬉しかったからで。


きっと奴の事は、たまたま最近逢ったから 思い出しただけだ。

関係ない。




「まだ他の奴等には言うな 何か必要なら俺か万斉に言え」

言付けて高杉が部屋を出ていく。

「… ふぅ」
息を吐いて殆ど物の無い部屋を見渡す。
自室であり客の相手をした部屋。


「此処ともおさらばか」

短い間だったが此処に来て色々な事があった。
思い出とかそんな綺麗なモノではないが、幾らか思う所はあるくらいに。
時折菓子を届けてくれた店の子と他愛ない話をしたり、高杉と酒を酌み交わしたり。
薄く笑う高杉の、少し長い黒髪が揺れたのと、重なって違う黒い影が揺れた。

あいつと逢ったのも―…

商談相手の天人でなく、ただ気紛れに高杉が此処まで通した客。
恐らくは何処かの手の者なのだろうが、随分真っ直ぐで。
陰間相手に―本名かは知らないが―名を告げる様な。

「トシ…ね」

そっと口にすればあの夜の事が思い出された。

『俺じゃ 駄目って事か?』


―もう逢うこともないだろうけど。




「…部屋片さねぇとな」

明日からね〜 と独り言を言ってころりと横になった。







「はぁ…」

―真選組屯所。

文机の前で溜め池を吐いたのは、組の鬼と言われる男。
書類の山と向き合いながら脳裏にちらつく白い影を思っていた。

『悪ぃ な』

すっぱりと断られたショックも去ることながら、寂しげなあの姿が焼き付いていた。

「…ふぅ」

かくっと肩を落とした次の瞬間
「ひーじかーたさーん」
聞き慣れた声と共に爆音。

「てっ…め 総吾ォォ」
「土方さんがぼさっとしてるからでさァ」

悪びれもせずバズーカを背負った沖田が煙の向こうから姿を見せる。

「ぼさっとしてねーし 遊んでやる暇はねぇぞコラ」
「節介情報持ってきたのに」

にやりと沖田が笑みを浮かべた。



「路地の奥にあるお茶屋なんですが 普通の客も居るんですが天人絡みの顧客が結構居たらしくて」

まぁ此処までは大した話じゃねぇですが と置いて

「そこそこ大物も居たのと― 攘夷浪士が出入りしていたみてぇで」
「ほぉ」
「そんで」

沖田がほいっと手を出した。

「…なんだ?」
「こっからは ねぇ?」
出すモン出して貰わねぇと と掌を振る。
「…ほら」
紙幣を一枚渡すと
「これだけですかぃ」
「うるせぇ 使える情報だったら色付けてやらぁ」
「ちぇ」

渋々と言う風に沖田が話し始めた。

「その茶屋の近くで 隻眼の男を見たって奴がいまして」
「隻眼…?」
「話を聞くにその店 高杉が絡んでいるんじゃねぇかと」
「高杉…」

状況から鑑みるにあり得ないとは言えない事象だ。

隻眼…ね

「…その店は馴染みの置屋か何かあるのか」
「えぇ 表向きは料理茶屋って事で営業してるんですが 中では妓楼みてぇな事もしてるようで 女郎も出入りしてます」

少し空いて

「そういえば陰間も出入りしてたって」

土方がぴくりと動いた。


「まぁ陰間遊びなんざ御大尽のモン…」
「どこの店のかは知らねぇか?」
「そこまでは…まぁあの界隈に陰間茶屋は一つか二つしか無かった筈ですから」
「そうか」

土方が追加で幾らか渡すと、沖田は部屋を後にした。


そして会話を聞いて居たであろう、天井裏に声をかける。

「…という事だ その茶屋とあの界隈の陰間茶屋探って来い」
「はぁ…ですが」

天井裏の声…監察方の山崎が声を潜めて聞いた。

「その…副長の御贔屓の店も…」
「当たり前だ 元々疑っていた店だ」
「…でも…」
「向こうも俺の事には薄々気付いちゃいるだろう 贔屓の店に手は出さないなんて油断するかもしれん」

すっと天井の気配が消える。





「裏があっても無くても ―おしまいかもな」

土方が呟く。

"ごめんな"

あいつに言われた言葉が頭をよぎる。

売り物じゃない。
普通の客はとらない。
妙な奴で

でも…

逢えばきっと欲しくなる。


溜息を吐き文机に向かうと、手拭いに包んだままの簪が目に入った。

―最後にこれだけ

未練がましいとは思うが、手元に置いておく事も出来ず。


手拭いを開こうとした手を止めた。







陰間茶屋"ほおずきや"の提灯に灯が入る頃。
日の暮れた廊下を渡る人影があった。
シャカシャカと漏れ聴こえる音は耳に掛けたヘッドフォンからのものだろう。

鬼兵隊の人斬り、河上万斉。

明かりを使わず奥の間へ向かおうとして、ふと足を停めた。


―ドスッ

無言で刀を天井に向け、突き立てた。

「…何やら鼠でも入り込んだでござるか?」

小さく笑い、刀を戻す。
そのまま踵を返し店の方へ戻って行った。

天井裏では微動だにしない一つの影。
黒い装束に身を包んだ山崎だった。

『…気配を読まれた 確かあれは河上…』

目の前の刀の跡から差し込む光の筋を見ながらゆっくりと後退する。
今此処に留まっても警戒を強めるだけだろう。
一旦報告を兼ねて屯所へ戻ることにした。








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