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*花落し
□縁


 ―かぁごめかごめ

  籠のなかのとりぃは

  何時何時出やる―





「…お前さぁ」
「あ?」
三つ目のきんつばを頬張りながら振袖姿の銀時が振り向く。

「ホント甘味好きだな…」
土方が溜息と共に煙草の煙を吐き出した。
「おー 好きだけど?」
このきんつば美味いね とか言いつつ、銀時は更に四つ目に手を伸ばす。
「…そうか」


甘いモノが好きと知ってから、土方は色々な甘味屋へ足を運んだ。
評判の店でわざわざ列んで手に入れた菓子を、彼は喜んで受け取った。

「…まぁ いいけどよ」

それを美味そうに食べるのを見ていると、つい頬が緩んだ。

「喉詰まらすなよ?」
「わーってるよ」

子供のような扱いにぷいっと拗ねた仕種を見せる。
「ほら 付いてる」
土方が手を伸ばす。
銀時の頬に付いていた小豆を摘むと、そのまま自分の口へ運んだ。

「やっぱし甘ぇな」
「!?…っ おま…何恥ずかしいコト…」
「は?」
「…なんでもね」

色男ってのはまったくよぅ…とぶちぶち零しながら、銀時は残りのきんつばを口へ押し込んだ。




「そういやぁ来週」

紫煙を燻らせながら、土方が言った。

「近くの神社で縁日があるみたいだな」
「へぇ…」
「お前は行かないのか?」
「え?」

想定外の問いにきょとんとする銀時に
「町中の小さいお稲荷のなんだけどよ…あー」
土方はぽりぽりと顔を掻いて言った。
「その…一緒に…どうだ?」


「…――」
「あ でもほら店とかあるなら無理じゃねぇんけど…」
フリーズしている銀時を土方がそっと窺う。

「ちょっと 行きてぇな」
「ホントか?」
「出店とかあんの?」
「少しは出るだろうよ」
「どうせ暇だろうし…」
そうはにかんだ銀時に
「なら 行こう」
緩みそうな顔をどうにか繕って土方が言った。

「迎えに来た方がいいか?」
土方が問うと
「抜け出すからいい」
銀時はさらりと言う。
「抜け出すって…外出れねぇのか?」
「出られねぇワケじゃねぇんだけど…ちょっとな」


店主がいい顔しねぇから…


「まぁあまり突っ込まねぇけどよ 叱られるようなら…」
「平気だよ あんましキレーな格好はして行けねぇけど」
「んなの普通でいい」

綺麗なべべ着てちゃ目立って仕方ねぇから と笑って

「じゃあ…何処で待とうか」
問うと
「店出た先の…煙草屋はまだあるのか?」
「あぁ じゃあそこで」

約束を交わして、その夜はお開きとなった。。








銀時は久しぶりに探し物をする。


いくら物の少ない部屋だとて、そのくらいには持ち物はあった。
着物と帯、小間物と―
履物が無いことに気付いた。
裏口か玄関にでもあるのだっけ。自分が随分と暫く外に出てない事に気付く。


さてどうしようか。


玄関をうろうろしていれば訝る者もいるだろう。
別に外出を禁じられている分けではないが、高杉に知れれば何か言われるかも知れない。

ん〜 と座り直した所へ声をかけられた。

「入ります」

店の陰間の少年が菓子を届けに入って来た。
こういう事は男衆にさせれば良いのだが、話相手に と時折高杉が遣わせていた。

「御隠居から沢山お菓子を頂いたからって …珍しいですね」

部屋に入るなりそう言われる。
「帯やらこんな散らかして」
「あ…ちょ 早く閉め…」
「あ はいはい」
すいと襖を閉めて、近くに座る。
「いつもの振袖じゃないんですか? 何か探して…」
「いや あの…フツーのを」
「女物でなくていいんですか?」
「あれじゃ目立つから」
「目立つ? お出掛けですか?」
「あ…んと…」
「…もしかして あの旦那とですか?」

いきなり核心を突かれて心臓がどきりと打った。

「…そーですか 外へ出るの久しぶりですねぇ」
「ちょ…俺まだ何も…」
「云わなくてもわかりますよ」

ころころと笑いながら、顔に書いてあると少年が言う。

「…ぁー…もー 」
俺そんなわかりやすいんか?
がしがしと頭を掻いて、ふと 銀時が手を止めた。

「あの さ もしかして下駄なんか持ってない?」
「下駄?ぽっくりならお呼び出しの時のが…」
「ぽっ… 出来れば普通の…」

着流しにぽっくりとはさすがに…それ以前に歩けないだろう。

「んー それ以外だと女物しか…」
此処はそういう場所だ。
それも仕方ないと、貸してくれるよう頼む。

「じゃあ後で持って来ます」
「番頭とかには内緒で」
「はい」

静かに笑って彼は部屋を出て行った。



次の日。
干菓子と一緒に少年が持って来たのは、朱い鼻緒の付いた女物の下駄だった。

「こんなのしかないですけど…」
「あぁ 上等だよ 悪ぃな」
菓子のお礼も忘れず伝えると

「あの…」

布で出来た小さな袋を渡された。

「? 何?」
「逢引きなんですよね? コレ流行りの匂い袋です 中にゴ」
「ちょぉぉ? 何入れてんのお前!?」
「生は良くないですよ?」
「そーじゃなくて!」

可愛い顔してやっぱりコッチの人間だなオイ と溜息を吐いて、銀時が言う。

「あのな 普通のトモダチとして出掛けるだけだから ってかまだ奴とは何も…」
「何も?あれだけ通って来てですか?」
「お…おぉ」

今度は彼が溜息を吐いた。

「あの…ギンさん それはニブいんじゃないです?」
「…え?」
「わざわざ逢う為に高い花代払って来てくれて ただのトモダチってのは…」
「……」

そう言われれば そうなのかも知れない。
けど…

「あいつ…何もして来ねぇし」
「したじゃないですか 外へ誘ってくれたんでしょう」

そうだ。
言われて改めて気がつく。
履物が見つからないくらい外へ出ていなかった自分を、縁日に連れ出すのは 奴だ。

「ま 色々な人が居ますから でも少しは酌んであげないと旦那可哀相ですよ」
「うん…そ だな」

「気をつけて行ってきて下さい」
部屋を出る少年に
「あんがと」
ひらひらと手を振って。

一人になった部屋で、窓の外を眺めた。






陽が傾いた頃。
いつもと違う道から茶屋へ向かう土方の姿があった。
途中の煙草屋に立ち止まり、辺りを見回す。

少し早く来過ぎたか―

店を抜け出すとか物騒な事を言っていた奴を、待たせてはいけないと早めに待ち合わせ場所へ来てみたのだが。
しかしまだそれらしい人物は見当たらない。

道の端に寄り煙草に火を点ける。
ただ一緒に縁日に行くという、子供の様な約束。
その為に非番までとってそわそわとしている自分は滑稽ですらある。

でも―

そうも奴に惹かれてしまったのはやはり自分で。

行き交う人々をぼんやりと眺めながら、そんなことを思っている土方の視界の端に白い物が映った。

「よ 待ったか?」
片手を少し挙げて、銀時がやってきた。
「少しな」
残り少なくなった煙草を携帯灰皿に押し付ける。

目の前に来た銀時の姿に思わずほぅ と息を吐いた。
薄藍の着流しに、片側だけ上げた髪が艶めかしい。
いつも女物の煌びやかな格好しか見ていなかったのもあってか新鮮に感じる。

「…悪くねぇじゃねぇか」
「そりゃどーも」
「野郎だなぁと」
「当たり前だ」

何気なしに足元を見ると、どうにも可愛らしい鼻緒の下駄に目が留まった。

「あー… 借り物なんだよ 下駄見つからなくて」
視線に気付いた銀時がばつの悪そうな顔をした。
「…やっぱアレだったか?」
「暗くなっちまえば分からねぇよ」
平気平気と肩を叩いて、
「行こうぜ ほら」
土方が銀時を促し並んで歩き出す。


「大丈夫だったか?」
「あぁ もうこの時間は客の世話で忙しいから誰にも見つからねぇよ」
「そうか」

他愛のない話をしながら歩を進めれば、縁日の立つ神社に近づく。

子供達が声を上げて走って行くのを見ていると
「なぁ 結構屋台出てんな イー匂いする」
横で銀時がにまっと笑う。
「餓鬼と変わんねぇなオイ」
腕を引かれて苦笑しながら、土方も賑やく神社へ向かった。




「美味かった〜」

そう言いながら銀時は、手に持った綿菓子を頬張る。

「はー…よくそんな砂糖の塊…」
「ふわふわで美味いよ?」
千切った綿菓子を口先に出され
「いや いい」
土方はふいふいと手でそれを追った。



日はすっかり落ちて、神社の祭提灯が明るく映える頃。
縁日を後にして夜道を辿る。
久しぶりに外へ出たという銀時は今まで見せることの無かった表情を見せた。

それを横で見ていて、喜んでくれて良かったという安堵と、何か別の思いを土方は感じていた。



「さて どーすっかな」

食べ終わった綿菓子の割り箸をくわえたまま、銀時が土方の方を向いた。

「まだ時間早いしな」
「店に戻らないで平気か?」
「夜中迄に戻れば平気だろ 飯でも行くか?」
「…まだ喰えるのかよ」

タコ焼きだりんご飴だと子供の様にはしゃいでいたのを思い出し、土方がふっと笑った。

「ん…じゃあ酒でも…」
「そうだな…」

まだ早いとは言っても、あと数時間後には銀時を店に帰さないといけない。

また 奥の間で――


「―トシ?」

ひらひらと目の前で手を振られ

「ん あぁ」
気が付いた様に土方が銀時の方を向く。
「じゃあどっかゆっくり…」

何となく、店とは反対の道へ足を向けた。




適当な茶屋へ入り、部屋に通される。
頼んだ酒が来ると銀時が酌をしようと土方の隣に座った。

「店じゃねぇんだからよ ゆっくりしたらどうだ」
「ん あぁ」

言われて座りなおした銀時に、土方から酌をする。

「なんかこーいうの面白いな」
いつもと逆で とへらりと笑う。
「いいんじゃねぇの たまには」
「だな」

こざっぱりとした茶屋の座敷は、いつも逢う奥の間より行灯の火が頼りなく、向かいに座る彼の顔さえ朧げに見える。


それが 何か物寂しく。


「…なぁ」
「ん?」
「…やっぱこっち来い」
「は?何?」
「いいから」

手招かれ、ぶつぶつ零しながらも銀時が土方に近付いた。

「これでいーかよ」
「ん」

隣に来た銀時の肩を抱き寄せる。

「あのな」
「あ?」
「…俺とは 嫌か?」


抱き寄せた肩がぴくりと動いたのが分かった。
土方自身、己の発した言葉に少し驚いていた。

「…酔ってんのか?」
「そんな飲んでねぇよ」
「お前ノンケだって…」
「あぁ」
「じゃあなん…」
言葉を全部聞かずに土方が唇を重ねた。

「俺だって良く分からん でも…」そっと押し倒し
「今 お前が欲しい」
その瞳を見る。

「…出来んのかよ」
男相手に

からかう様に言われ

「…あぁ」
土方が銀時の手を取り己の昂りに当てた。

銀時は苦笑しながら
「綺麗なカッコしてる時じゃねぇって 物好きな奴だよ」
首に手を絡め、抱き寄せた。



しゅる と帯を解き着物を広げる。
銀時の白い肌が行灯の明かりの下、露になっていく。
その肌に一つ 一つと口づけを落とせば、ぴくりと身体が跳ねる。

「ん…」
甘く漏れる声をもっと聴きたいと愛撫すれば、土方の下で銀時が身を捩る。
「ココか?」
胸の色付く突起を摘む。
「ん ふっ…」

潤んだ瞳に熱を孕ませて、銀時が土方を見上げた。

「…女じゃねーんだ んな優しくしなくて平気だって」
「いんだよ 俺がしたいだけだ」

深く口づけ
「今は 俺に委ねてろ」
真っ直ぐに相手を見た。


甘い吐息と肌を、少しも零すまいと強く抱いた。







「―今度 下駄を買って行ってやるから」


情事の余韻の中、起き上がり煙草を吸っていた土方が窓の外を見ながら言った。

「またどっか連れ出すのか?」

店で仕事させねぇなんざ悪い客だな と銀時が茶化すと

「そうだな」

素直に土方が流した。

「ちょ…何? 急にどうし」
「お前の身請け料は如何程だ?」

突然の言葉に、銀時が固まる。


「身請… 冗談は止しとけって」
「冗談じゃねぇ」
「…――っ」

少し狼狽した様子を見せてから、銀時が静かに言った。

「…身請けとか 俺はそういうのじゃねぇんだ」
「俺じゃ駄目って事か」
「そうじゃ…なくて」


店に借金がある訳でもない。
ただ―


「俺は元々売り物じゃねぇんだ」

ただ
あいつの傍に居る理由が…必要にされたくて…

脳裏に浮かぶのは隻眼の―…


「俺に言えるのはそれだけだ 」
少し笑って
「悪ぃ な」
さっさと身支度を整え始めた。





その後は、お互い殆ど言葉も交わさないまま茶屋を出た。
店まで送ると言う土方を制止して、結局元居た煙草屋の前で別れた。

「じゃな」
すいと背を向ける銀時を
「―…」
土方は無言で見送った。








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