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*花落し
□鳥
***


襖が開く。



「今晩は」
入って来た人影にご挨拶。



「おいで こっちへ」
呼ばれて近づけば



「さぁ ギン」
 あとは暗闇。








窓から外を見ていた銀時が、ふ と息を吐いた。



これと言っては何もない自室。
客が入ることもあるので一応布団なんかはあるけど、特に物はない生活感のない部屋。



店の奥に位置するこの部屋を俺に宛行われたのは暫く前。
元はふらふらと…部屋も決まっておらず、別に客をとるわけでもない
云わば居候の身だった。


店を取り仕切っていたのは高杉。
戦争が終わり、攘夷活動の資金作りに手掛けた商いの一つだ。
金持ちや僧侶が相手とあって、なかなか潤沢な資金源になった。


その実、表立って出来ないような"商談"を行うのに、"陰間茶屋"は中々良いハリボテとなっていた。
こういう店なので客同士は顔を合わせたがらない。
そして客もそれなりの人物が多く、大きな額の金が動くのもさして珍しくなかった。


終戦後、身よりもなくふらふらしていた所を高杉に
"居ればいい"なんて言われ
身の振り方を決めるまで と世話になっていた。

高杉とはただの"幼なじみ"の一線をとうに越えていた。
恋人だなんだというのもよく分からない、微妙ではあったけど。
体だけでない関係。

平穏とは言えないかもしれないが、それなりに普通の日々を過ごしていた。






ある夜だった。


「今日は商談相手の客が来る」
高杉が言った。

「天人だがな…少々物騒な所の相手だ」
「平気か?」
「あぁ?誰に聞いてんだよ…まァ用心しちゃおくさ」
「そぅだな それに越した事ねぇや…俺も一緒に居るか?」
「別にそこまで…」

そう言ったが少し考えて
「あぁ そうだな…」
高杉が頷く。

用心棒…とは物騒かもしれないが、何かあってからではと同席することにした。



「後ろに控えてればいい」

高杉に付いて商談相手のいる部屋に入った。
部屋の入口近くに座り、視線を臥せて物音に集中する。
どうせ商談の内容は聞いてもよくわからないし、何事も無く話し合いが終わればそれでよかった。


「―という条件で」
「あぁ いいだろう」
穏やかに話が進み ほっと息をついた
その後だった。

「ところで 此処は花を買うことは…」
「茶屋ですからな。あいにく女では無いが…所望するなら」

商談相手の視線がこちらへ向けられ

「では そこの」

灰鼠の着流しに刀を携えた、およそ店の陰間には見えない格好の俺を指名した。


高杉が僅かに焦りを見せる。
「この者は…陰間では…」
「えぇ結構 今晩買わせて貰えぬか?」

突然の事に驚いていたが
此処は商談の場。
返答によれば今後に影響がないとも限らない。


「…俺はいいよ 高杉」
「銀…」

高杉の複雑な表情。
幼なじみ それだけでないそれ以上の
想人を
売ろうというのだ。


「悪い様にはしないよ ギンというのか?」
向かいの商談相手の声がひどく響く。


きちんと名乗る事もないだろう。

「あぁ それでいい」
「―…今 部屋を」
苦々しく高杉が言い放った。



店の者が支度が整ったと告げた。
添われて部屋に向かう。

「ごゆっくり」
たんっと襖が閉まった。

見慣れた筈の店の部屋で 冷たくなった手を握られ

「おいで」

押し倒されて
行灯の明かりが遠退く。


あとは
よく覚えていない。
ただ一言
耳元で

「 …―高杉殿が珍しい毛色のを飼っていると聞いてね」
「――…」


そういう事かとどこかで納得した。





「また来させて貰うよ」
帰る相手を目だけで追って
痛む体で布団の中へ沈む。
程なくして入って来たのは高杉。

「大丈夫…か?」
「あー まぁ」

布団を更に被る。

「銀と…」
「謝んなよ」

言葉が途切れた。

「…一緒にいるって言ったのは俺だし? 謝るなよ」
「―…」




それから。
何度かその商談相手は仕事の時に銀時を買った。
ソイツの知り合いという客も数人相手をした。
贔屓にはされているようで、商談も良い方に向いてるらしい。


その度に抱きしめる高杉はとても近く
酷く朧に見えた。



人の口に戸は建てられないもので、何処からか
"あそこの茶屋には珍しいのがいる"
密かにそんな噂が立ったらしい。
そこで"合言葉"を設けた。
普通の客はここまで来られない。
商談相手か、スポンサーでも高杉の気に入った者しか此処には来ない。
いつからだったか、高杉が振り袖を用意するようになった。
店柄…というのもあったようだけど、刀を隠し持つのには丁度よかった。


何があるか分からないからと、外出は高杉がいい顔をせず
一番奥の部屋を私室に使わせてもらううち、
半ば引き篭った状態になった。



窓の外は、庭を飾る花が変わる以外特に変化もなく
時に沈んでいくようだった。





そこへ通されてきた
黒髪の男。
高杉が通したのだ。
わざわざこんな所へ来るのは
ただの人間ではないのだろう。

ただ

何も 悪意の様なモノが感じられなかった。
もし良くない事になるようなら
逃がしてやりたいとさえ思った。
その裏、また逢えたらとも。


「…はぁ」

ごろりと横になり
銀時は天井を見上げた。








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