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*花落し
□再


真選組頓所の一角。
副長の部屋からはため息が漏れていた。


仰向けに寝転んでぼんやりとする土方の手には、一つの簪。


「はぁ…」


先日例の陰間茶屋で 噂の真相を見た。
白い萩…銀髪の 男だった。
確かに見た目はそれなりで、変わった毛色も好む者にはうけるだろう。
でも―

邪推しすぎたか?

怪しいといえば怪しいが 加えて店主を名乗る男も少し…
まぁああいう店だから、というのもあるのかもしれないが。


もう行くのを止めるか。
簪も返して…


『ギンと申します』


あの通る声が耳から離れない。

改めて簪を見てみる。
小さな銀の鈴が付いており、華奢な鎖の先には筋まで細やかに作られたほおずきの銀細工。
中に実を模したのであろう大粒の珊瑚があしらわれ、値の張る物であるのは一目瞭然だ。
こんな物を寄越すとは、相当商売が上手くいってるのか。
特別に囲ってあるギンとやらが価値があるのか―


「はぁ…」
ため息が尽きない。



悶々としていても拉致はあかない。

もう一度 店に行くことにした。





―宵闇が辺りを包む刻限。
土方は店の前にいた。


「いらっしゃいまし」
いつもの初老の男が出迎えた。
「おぉ…」
懐から手緩に挟んだ簪を出して見せる。
「あぁ はい左様で」
少しそこで待たされたが、何事もないように奥へ通される。


「空けますよ」
あの柄の違う襖の前。
声をかけて男が襖を開けた。

「今晩は」

三つ指を着き深く頭を垂れた
銀髪の彼はそこに居た。

「よぉ…今日は一人か?」
「店主は所用で出ているので」
誰か呼びましょうかと言うギンに
「いや 今日は…」
土方がやんわりと制止をかける。
この簪を返して、もう此処へは来ない方が―…
「じゃあ三味線でも」

客として 普通に持て成しをする彼は、他の陰間とは少し違う感じがする。



「あんたは―」
三味線の音に聴き入っていた土方は一瞬びくりとした。
「ホントはノンケだろ?」

急に云われ しかも図星を突かれ目が泳ぐ。
「は…?」
「何でこんなトコ来てるのか知らねぇけど あんま深入りすると…」

ギンの眼が少し光った気がした。

「深入りすると…なんだよ」
ギンの口元が歪む。


「…真性になっても知らねぇぞ?」

くくっと笑ってそう云われた。

「はぁ?んだそれ…」
裏が在るように思える言葉と
からかっているような様子。

「ほっとけ…ってかお前言葉…」
明らかに違う砕けた話し方。
「あー…堅苦しいの苦手なんだよ あんた普通の客と違うみたいだしいっかなと…」
雰囲気はそのままなのに話し方のせいで何か糸が一本切れた様な気がした。

「まぁ別に良いけどよ…」

妙な疲れを感じた土方の前に
す と徳利が出された。
「酌くらいは普通に出来るぜ イケる口だろ?」
そっと注がれた酒に口をつける。


「―それにしても」
向かい合う彼をまじまじと見た。
「見事に白いな 生れつきか?」
その髪。
「あぁ…まぁ」
「ふぅん」
土方の手が伸びる。
そっと髪に触れると、僅かに彼は身を竦めた。

「柔らかいな」
「そうかい」
「このくりんくりんも生れつきか?」
「何?厭味か?厭味なのか?」
天パで悪かったな とふいと向こうを向くギンに
「べっつに悪いとか行ってないだろが おーいこっち向け」
拗ねた顔でこちらを向く。
それを見て ふと笑って
「いいんじゃねぇか?こーいうのも」

行灯の明かりに浮かぶ姿は
「俺は嫌いじゃねーよ」
半分幻のようだ。

「…くくっ」
「なんだよ」
急に笑われた。
「店のコ達に慕われる分けだ 色男殿」
「…んだよ テメェこそ客から言われる飽きてんだろ?」
「いやぁ…」
笑い終えて彼は言った。
「俺は普通の客はとらねぇから」
「は?」
「あんまり客は知らねぇんよ」
「だって"白い萩"って…」
「あぁ そういう事になってるのか」

ギンが すすと近くに寄った。


「例え言葉を合わせても店主が選ばねぇと此処へは通さないんだ」
「……」
声を落としてそう云われた。


「そういうコトだ 気をつけな」

かちゃり

刀の柄に触られた。


「まぁ飲んでけよ 料理はイマイチだけど酒は良いのいれてるから」
どうせコッチの色は口にあわないだろうし と酒を注がれる。
「…あ あぁ」


後はたわいもない 市政の話やらを話し 時は過ぎた。
あまり外にも出ないと言うギンは街の様子を面白そうに聞いていた。

「ところで お前…」
土方がちょっと気になっていた事を聞いた。
「ギンてのは源氏名か?ちゃんとした名があるのか?」
店主のモノにしちゃ適当に思える呼び名に思っていたのだ。
「あー 最初はそう言えって言われてて」
ギンは少し悩んだような仕種をしたが、ちゃんと土方の方を向いて

「銀時ってんだ」
少し笑って答えた。

「…芸名?」
「違ぇ ちゃんとした名前だっての
俺は源氏名ねぇから本名だよ」
「そうなのか」
ただ名前を聞いただけなのに なんとなく耳が熱い。

「お前は?」
銀時に切り返されて答えに詰まる。
潜入という形で来ている以上本名はまずい。
かといってまるっきり違う名前も咄嗟には思い浮かばず

「って 客に名前聞くのも野暮か…」
「…トシ」

何も言わないのも嫌で そう答えてしまった。

「トシ?」
「あ… あぁ」
ちゃんと答えた銀時に自分がそんな答えをするのはどうかと思ったが
「そうか トシか」
なにか嬉しそうな銀時の様子に 胸がじゅっ と音を立てた。




「いい時間だな…そろそろ…」

時計は深夜に差し掛かる頃。

「帰るのか」
「あぁ 明日も仕事だかんな」
立ち上がる土方の前に進み 銀時が襖を開けようと手をかけた。

「じゃあな」
「あぁ あ そうそう」
銀時がそっと耳打ちする。
「俺が普通に喋ってたの 店には内緒にしといてくれよ」
言葉使い…とか
「あぁ 言わねぇよ」
ぷっ と笑って土方が答えた。
「此処のジジィ煩ぇから」
「そうなのか」
罰が悪そうな顔をする銀時を
不覚にも可愛く思ってしまった事も黙っておこうと。


「それじゃあ」
「気をつけて」

来た時の様に丁寧に送り出された。






生温い夜風が土方の頬を撫でた。
「結構飲んだな」
腹に触ると、懐に固い感触。
「…あ」

簪。
返しそびれた。


"トシ…"

アイツの顔が思い出される。


ただ話をするだけなら…
会いに行くだけなら…

少しの間だけ
ヤツと居てもいいだろうと

簪を大事に仕舞った。






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あきゅろす。
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