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*花落し
□未



一番鶏の声を聞いて、土方は自分が寝入っていたことに気付いた。




朝まで起きているつもりで、座ったまま意識を飛ばしていたらしい。
慌てて目を擦り辺りを見る。
まだ薄暗い部屋の、目の前には寝乱れた布団。
そしてそこに居る筈の者がない。


「… 銀…」

また厠にでも―と思い布団に近付くと、枕元に一筋の光。
見覚えのある鬼灯の簪が置かれていた。


「―っ あいつ―」



土方は急いで立て付けの悪い戸を開け外へ出ると、辺りを見回した。


奴は何処へ…いつの間に―


ちょっと出ていった のではない。
此処から居なくなったのだ。


妙な確信に、耳鳴りのように鼓動の音が煩く響く。

銀時はいつ出ていったかもどちらへ行ったかも分からない。
人々が起き出す前の静寂が、その行方をくらましていた。






暫く長屋の前を右往左往していた土方だったが、為す術もなく部屋に戻った。

「―ったく 馬鹿が…」

額に手を充て呟く。
不意に張り詰めていた気が緩んだのか、軽い目眩を感じ座り込んだ。


「…行っちまったのか?」
―高杉の元に?

ただ、今土方自身に何も危害は加えられてはいない。
片を付けて来い とまで言っていた高杉が、土方を始末しないままの銀時を連れて行くとは思えない。

しかしその考えが正しければ、本当に銀時の行方を知るのは困難になってしまったということになる。
組織の頭の傍に居る者を追うのと、素性の知れない一個人を追うのとは手掛かりも何もワケが違うのだ。

靄がかかったように回らない頭で無理矢理思考を巡らせる。
土方が銀時の事で手掛かり―知っている事と言えば、名前と好物と…


…それから?



銀髪であることを加えても手掛かりとして薄すぎる。
惹かれた相手の事を何も知らない――その事実を改めて突き付けられた気がして、唇を噛んだ。





数えるのも億劫になる程の溜息を吐いた。


土方は、ふと置いていかれた簪を拾い上げ、すっかり見慣れてしまった見事な細工を眺めた。
宿賃のつもりだろうか…?
それは前と変わらず、しん とした光を照り返していた。


「…奴の髪じゃ無理か」

ぽつりと呟く。

長髪でない銀時は、襟足や耳の辺りの髪をを紐で結んで居ることはあったが簪を刺すことはなかった。
でもきっと、この簪はあの銀の髪に映えるように拵えられた物なのだろう。
銀の細工も中の珊瑚も、銀時の姿を彷彿とさせる。


ただの通行証代わりではなく、一度くらい飾らせてみたかったと今になって思った。





土方は、煙草に火を点け壁に背もたれた。

「煙…目にしみらぁ」

不意に視界がぼやけて、誰も聞いていない言い訳をした。







光陰矢のごとしとはよく言ったもので。
日が過ぎていくのは速いものだと土方はつくづく思う。


例の陰間茶屋がもぬけの殻となり、攘夷浪士の追跡は振り出しに戻った。

仕事の合間には土方なりに銀時の行方を調べてみたりもしたが、とんと行方は分からず。
その代わり、高杉の傍に銀髪の男が居るという情報も無かった。
それはそれで安堵するのと共に心配でもあった。


真選組の仕事やら何やらと忙しい日々を送っているうち、気が付けば時は経ち。
少しずつ土方の中でも、銀時との事が消化され始めていた。

夜の夢の一つとして。








「ひっじかったさーん」


真選組屯所の土方の部屋。
呼ぶ声とほぼ同時に爆音が上がる。

「もうすぐ交代の時間ですぜ」
「…総悟テメェ…人を普通に呼べねぇのか」
「無理でさァ 土方さん限定で」

沖田がしれっと言う。

「ったく… 今行く」

いつもの事ではあるので、土方は溜息を一つ吐いて立ち上がる。



「最近また攘夷浪士共が騒いでますねェ」
「そうだな お陰でこっちは大忙しってとこか」

隊服の襟を直しながら、土方が沖田の話に相槌を打つ。
庭に面した廊下に出ると、心地のよい風が吹いてきた。

「こんな日は日向ぼっこでもしながら昼寝してェなァ」
「…こんな日でなくてもテメェは昼寝してんだろが 勤務中に」

先を歩く沖田を睨みながらも、確かに今日はいい日和だと土方も思う。
手入れされた庭に目をやると、白い花が咲いていた。



「そういやぁ この前ぷらぷらしてた時に聞いた話なんですけど」

前を向いたまま、沖田がそう切り出した。

「最近街で面白い商売してる奴がいるってんでさ」
「商売に面白いだのがあるのか?」
「えぇ どんな依頼でも引き受けるらしくて 要するに"何でも屋"なんですけどね 酷く剣の腕の立つ奴だと」
「ほぉ じゃあ繁盛してるんだろうよ」
「それがそうでも無いようなんでさァ ま 廃刀令のこのご時世 腕が立った所でどうにもなりゃしませんや」
「…それもそうか」
「えぇ んでそいつ見た目がまた変わってて」

沖田が少しだけ土方に振り返った。

「髪が銀色なんだそうでさァ」
「銀色…」



ふっ と土方の中で何かがフラッシュバックする。



「随分目立ちそうですよね 今度街へ行ったらちょっと探して…」
「…そいつの… 商売してんなら屋号は何ていうんだ?」


心臓が口から出そうな程ばくばく言うのをどうにか隠しながら、土方が尋ねる。


「"万事屋銀ちゃん" …だったかな」
「銀…」

土方の中で、符号が一致した。



「…そうか」


それだけ言って、話を切った。
ただの偶然か、それとも―




いずれにしても、それらしい人物が近くの町にいる。
それは長い廊下の先でも、上等な絵襖の向こうでもない所。






非番にでも其処へ行ってみようか―考えかけて土方は止めておく事にした。



そう遠くない内に顔を合わせるような、確信に似た変な予感がしたから。





xxx






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