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*花落し
□訣


 ―かぁごめかごめ

  籠のなかのとりぃは

  何時何時出やる

  夜明けの晩に

  鶴と亀がつぅべった



  ―後ろの正面 だぁれ?―







月の光を反射した河上の刀が、土方に向かって振り降ろされる。
びゅ と風を切る音が耳に届く。


「―っ…クソッ」


手足の動きを封じられ、抵抗出来ないままの土方は強く目を瞑った。


ざしゅっ
刃の斬りつけた音が聞こえた。








覚悟した刀の衝撃。
しかしそれは土方には届かなかった。


「…は?」


そろそろと開けた目の前には、夜の暗がりに浮かぶ銀の髪。

顔にかかった僅かな飛沫の温さに頭が白くなる。



「ぎ ん…」
「銀時っ―」

半ば放心した土方の向かいで、高杉が声を上げた。

「…何故だ 白夜叉」

突然飛び出してきた白い影に、河上は刀を止めきれず。
それを肩に受け、銀時が膝を着いていた。


「…コイツ 放してやってくれよ …頼むから」

荒い息で、銀時が高杉を見上げた。
高杉の冷淡な眼差しが返される。

「逢瀬を重ねて情が湧いたか なぁ銀時」

そういって銀時の方へ歩み寄り

「そうして お前はどうする?」

高杉が静かに しかし低い声で尋ねる。


今銀時が此処を退いたら河上の、高杉の凶刃が土方に向かうだろう。
今日は得物も持ち合わせていない。
―もし持っていたとしても、高杉に斬りかかる事など出来ないのだろうけど。


熱くなる傷口と思考に、頭を垂れたまま銀時の動きが止まる。





「…― フン」


鼻白んだ様に高杉が笑った。

「それがテメェの答えか」

ゆっくりと銀時に歩み寄り、髪を掴んで自分の方を向かせた。

「テメェに免じて今日はこのまま消えてやらァ」
「高杉―」
「そんで」

にやりと口元を歪め

「コイツはテメェで片付けてこい そしたら迎えに来てやる」

高杉が銀時の口元に飛んだ血をちろりと舐めた。
そして少し乱暴に手を離すと、そのまま踵を返した。


「高杉…」


小さく銀時の呼んだ声は届いたか知れない。







「―っ 銀時」

高杉らが去り、拘束の解けた土方が座り込んだままの銀時に近寄る。

「大丈夫か?」
「…まぁな 奴も俺に気付いて力抜いたみてぇだし」

あの時銀時が飛び出さなければ、河上は迷いなく土方を斬り捨てていただろう。
突然の想定外の出来事に刀の勢いを殺したのは流石と言うべきだろうが、苦く笑う銀時の腕には血が伝っている。

「傷はそんな深くねーよ 多分 …痛ぇけど」
「馬鹿が…待ってろ 今病院に…」
立ち上がる土方の袖を引き
「病院は だめ…」
「あぁ?」
「ほら んと…俺引き篭ってたからよ」
「だから何…っ」
銀時が言葉にせず小さく頭を振る。
身元が割れるのを怖れていた。


「…分かった」


何かを収める様に土方が深く溜息を吐く。

このまま店に戻す気は更々ない。
どちらにせよ、いつまでもこんな所に居るわけもいかないだろう。
膝を付くと銀時に背を向けた。

「ほら 乗れ」
「…いや 別に足はやってねぇから 歩けるから」
「いいから」
「いや あの…」
「お姫様抱っこか?」
「…おんぶでいいです」

傷付いた方の肩を挙げないようにその背におぶさると
「いいか?」
ゆっくりと土方が立ち上がる。



「やっぱ重いな」
「うっせーよ …だから降ろせって」
「あったけぇな」
「一応生きモンだから」
「そうだな…」
「…着物汚れちまうぞ?」
「構わねぇよ」





あまり人目に付かない道を選び、土方が向かったのは一軒の長屋。

立て付けの悪い戸を開けて中へ入る。
煎餅布団の他は鍋一つない簡素な部屋だった。

「…ここ…お前の家?」

部屋を見回して銀時が問う。

「―張り込みに使ってた部屋だ 言わなきゃ誰も知らねぇ」
「あー… 警察だったなアンタ」

ゆっくり銀時を降ろすと、土方はそのまま外へ向かった。

「ちょっと待ってろ」


暫くして、白髪混りの無精髭を生やした初老の男を連れて帰って来た。

「一応医者だ …心配しなくても表のモンじゃねぇから」

そう言って灯りを点すと、医者という男を銀時の方へ招く。
暗くて気づかなかったが、斬られた肩からの出血で着物の袖は黒々と染まっていた。
男は着物を脱がせると傷をあらためた。

「結構やられてるねェ 何しでかしたんだィ?」
軽口を叩く男に土方が答える。
「関係ねぇだろ」
「ヒヒッ …兄サン艶っぽい空気してんねェ…もしかしてこの鬼サンのイロ…」
「無駄な事は聞くな しょっぴくぞ」
「へぇへぇ 怖いねェ」

ギロリと睨む土方にへらへらと笑い返し、水を汲んでくるよう指示する。
そうして、男は手際良く処置を施していった。



傷口の縫合が終わり、男が顔を上げた。

「これでいいでしョ 薬は要るかィ?」
「…危なくないヤツならな」
「んじゃあ ホレ」


幾つかの薬包を渡し、代わりに金を受け取ると男は帰って行った。



「痛むか?」
「…まぁ 平気」

土方が話し掛けると、布団に寝かされた銀時は、麻酔が効いているのかとろんとした眼で答えた。

「此処は誰も来やしねぇ 暫く居りゃあいいさ」
「…どぉも」

ふいと銀時が向こうを向く。



「…やっぱりさ」
口を開いたのは銀時。
「捕まえるんだろ?」
「あぁ?」
「お前ら警察は幕府のモンだろ?攘夷派は敵…」
「…アホか」

土方が眉間を摘む。

「…どうせ捕まえたってテメェは口割らねぇだろ」
「……」
向こうを向いたままの銀時に
「それよりさっさと怪我良くしろ 話はそれからだ」

そう言葉を投げて外へ出た。





部屋から少し離れた場所で、土方が携帯を取り出す。

『もしもし?副長どうしました?』
出たのは山崎。
「今 何処に居る」
『今ですか? 港に向かってる所ですけど』
「…予定は却下だ」
『え?』
「とにかく 屯所に戻っていろ」
『どういう事ですか?副ちょ』

みんな聞かずに携帯の通話を切る。


敵に遭遇し一度殺されかけ、自分のせいで負傷者を出した―それは土方の真選組としての自尊心を挫くには充分だった。
そして、あと刀の一薙ぎで殺せる状況から銀時に免じてとは言え土方を見逃がした高杉の―その余裕に敗北感すら覚えた。

…もし今港に山崎を遣れば、高杉を捕縛する事も出来るかもしれない。

しかし、そうする事が出来なかった。
私情を挟むなと思う副長としての感情と、高杉と対峙し深く沈み込む男としての感情がぐるぐると渦を巻く。

そして、傷付いた銀時を前にして無力感に襲われた。

「…情けねぇ」
項垂れ、小さく呟く。


握り潰された様な心を引き摺り、しかし今は奴を助けなければと思い直し重い足を動かした。






土方が部屋に戻ると、布団に銀時の姿がない。

「―っ 銀時っ」
「何?」

慌てて振り返ろうとした土方の、横から声がした。

「お前―何処へ」
「厠行ってきた」

着物を軽く引っ掛けた姿で、銀時は頭を掻く。

「…動いて平気か?」
「そりゃちっとはツラいけどよー…漏らすのはちょっと」
「…そこかよ」

土方は呆れた顔をしながらも、安堵の息を吐いた。



一組しかない布団に銀時を寝かせ、土方がその傍に座り込む。

「お前そのままで平気か?狭いかもだけどこっち…」
「いいから 寝とけ」


銀時が目を閉じる。
程無くして静かな呼吸音が規則的に聞こえ始めて、土方は懐から煙草を取り出した。

もう夜が明けるまでそう遠くはないだろう。
土方は何も思えないまま、灯したままの明かりを見つめた。






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あきゅろす。
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