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*花落し
□対



 ―かぁごめかごめ

  籠のなかのとりぃは

  何時何時出やる

  夜明けの晩に―






日が沈んで程無く。


港に着いていた船から降り立ったのは一人の男。
緩く着た派手な着物に夜風を孕ませ、煙管の煙をふぅ と吐き出した。
そこへ、ヘッドフォンをかけた男が背後から声をかける。


「支度も済ませていたようだし あとはお主を待ってるでござろう」
「そうかい…満月とは成らなかったが明るい月だ お誂え向きだな」


口の端をにやりと歪め、空に浮かんだ未完成な丸い月を見上げた。


「んじゃァ 迎えにあがるか」








路地に人影。
青い絣の着流しに、月明かりを吸ったように銀の髪が淡く浮かぶ。
辺りを見回し、人気を気にしている様子を見せた。

「…誰もいねぇよな」

そう呟いた声の主―銀時が、路の端に寄って溜息を吐いた。


「はぁ… やっぱ帰ろっかな」

昨日届けられた下駄に挟んであった手紙。
明日の夜此処へ来いと書いてあった。

夜が明けて一日考えて、夕方暗くなる空を見て漸く腰を上げた。
新しい下駄に足を通し、店の誰にも見つからない様に、気配を伺って外へ出てきたのだ。


約束の煙草屋の前まで来て、辺りを見回す。
人通りは無く、呼び出した相手もまだ来てはいなかった。

「…はぁ…」
今日何度目かの溜息が漏れる。


この間―最後と思った。
奴の望みには答えられないと返事をして。
それから昨日まで音沙汰が無かったのに。


「…まさかフラれた腹いせに後ろからズブリとかねぇよなぁ」
「おい」

不意に後ろから声をかけられ、銀時が小さく声をあげ振り返った。

「…何そんなに驚いてんだ」

逆に驚いた様子でそう言ったのは、銀時を呼び出していた相手―土方。
黒い着物と髪は夜の暗さに同化していた。

「よっ 夜道で急に声かけられりゃビビるっての」
「お前がビビりなだけじゃねぇのか?」
「違ぇわボケェ」

妙な勘繰りをしていたなんてことは言えるわけもなく。
息を整えて、銀時が土方と向き合う。

「で? わざわざこんな所まで 何の御用ですかァ?」
「…用っつうか…」

言いたい事は沢山あったはずなのに、本人を前にして土方が沈黙する。
このままでは、と話の糸口を探した。

「今日は…店は休みか?」
「あ…いや」

土方の問いに銀時が口ごもる。

店が終わる事を告げていいものか…下手な事を言って、もし高杉の邪魔になってもいけない。


「…それよりお前こそ あれから全然」
「あ… まぁ 仕事でな」

話を逸らされ、我ながら苦しいと思いつつ土方が言い訳をする。
実際酷く忙しかったわけではなく、ただ会いにくる意気地がなかっただけなのだ。
ふいと視線を逸らした。



「こんな所で立ち話もなんだし 少し付き合え…」

少しの沈黙の後、土方が銀時の方へ視線を上げた。
此方を見ていたと思った相手は、土方の後方を見たまま驚いた表情で固まっていた。


「?…おい どうし」
「出迎えかァ? 銀時」


低く響く声。
振り返ると、道の先に人影。


「…誰だ」
「何で…此処に?」
銀時の狼狽を余所に、ゆっくりと此方に歩いてきた。
「何でって お前を迎えに来たんだろ」
そう言って、ククッと笑う。
近付き、月明かりの下相手の姿が明らかになる。


「…高杉―」


土方が名を言うと、ふっ と煙を吐き出して小さく笑い声を立てた。

「おや これは旦那 いつも御贔屓いただいて」
高杉のふざけた様な物言いに
「何の事を…」
土方が刀の鯉口を切る。

「くくっ 忘れちまったか」

す と高杉が着物の袖で顔の半分を覆い、柔和に笑った。

「…――」


土方の中で記憶が繋がる。
あの日、奥の間へ案内した店主の何処か危うい雰囲気と。

「アンタの事だからもっと何か嗅ぎ付けたかと思ったが そうでもなかったようだなァ」
くくっ と元の笑い方をして

「鬼の…いや 真選組副長の土方十四郎サンよ」
「真選…警察?」

ぴくりと反応した土方の横で、銀時が呟く。

「大方何か掴んだからウチの店に来たんだろうが 上手く撒かれてしかも店のモンに入れあげちまうとは」
「― っ…」

土方の手が止まる。
高杉の指摘に、言い返す事も出来ない。
大胆な指名手配犯の行動に、まんまと乗せられたのだ。

「害がねェなら放っておこうと思ったが 店のモン連れてくのは放っておけねぇな」

なぁ と土方の向こう―銀時へ高杉が視線をずらす。

「足抜けさせるは大罪だって知ってんだろ?副長殿」
「違う 高杉これは…っ」
銀時が言う。
「ただ話をしに…」
「旦那はそーいう訳でもねぇかもしれねぇぜ?」

銀時の横で土方が刀の柄から手を離さずにいる。



『高杉が出てきた―』


逃がすわけにはいかないが、今争えば銀時もその関係者として検挙する事になるだろう。
思案し動けない土方をそのままに、高杉がゆっくり歩を進めてきた。

「行くぞ 銀時」

そう言って、土方の事など目に入っていない様に銀時を呼んだ。

「高杉…少しだけ話を」
そちらへ行こうとした銀時の前に土方が立ち塞がる。

「…土方の旦那よぉ 何の真似だ」
「目の前にいる敵を易々と逃がせるかよ」

そうだ。
こいつを捕まえる為に店に足を運んで―

土方が自ら定めた局中法度を反芻する。

もしこれで高杉もろとも銀時に縄を掛けることになろうとも、今の環境に置いておくよりいい筈だ。
そう自分に言い聞かせ、刀の柄を握り直す。


「ほぉ そうかィ」

高杉が言った次の瞬間、光が土方の目の前を走った。

「―っ 何だ」

高杉の後方からだった。
黒づくめの姿を闇に隠して、潜んでいたのは河上。
その刀が一閃を放った。

間一髪でそれをかわした土方が刀を抜く。

「鬼の と言われているだけはあるでござるな」
「あんだと?」
「身のこなしもだが 敵方とあれば馴染みの者さえ躊躇なく縄を掛けるでのでござろう」
「…ああよ」

嘲る様に笑う河上を睨み、土方が唇を噛みしめた。

そうだ。
自分は情なんぞに流されるわけにはいかない。

自分は―


「まぁいい 此方とてこんなところで油を売っている暇はない」
月の光を刀身が照り返す。
「…っ」
浴びせられる攻撃をかわし斬りかかり、刀がぶつかり火花が散った。

「ちっ…」
「さっさと退いた方が身のためでござる」
「…上等だ コラァッ」

きぃん と金属音が夜の闇に溶けた。

「ふん それなら」

河上が背負っていた三味線を取り出した。
ぎゃん と音がしたと同時に土方の手足が動かなくなる。
力を込めた腕に幾筋がの細い感触。

「…っ 糸か!?」
「ただの糸ではござらん 容易く切れはせぬ」

身動きの出来ない土方の横を高杉が銀時に向かって歩いていった。

「ほら 行くぞ」
「……」

ゆっくりと、銀時が高杉の方へ進んだ。

「高杉… こいつを…」
「後で離してやるさ 幕府の犬ごとき恐るにゃ足らねぇ」

目の前に来た銀時に、高杉が薄く笑いかけた。
そのまま歩くよう促す。

「ただ まァ…」

高杉がにやりと口の端を歪めた。
同時に、河上が刀を振り上げる。


「追っちまった相手が悪かったなぁ 土方の旦那よ」

「…――っ」


高杉が銀時の腕を掴んだ。

「今後こいつにちょっかい掛けられてもつまらねぇからな」
「―っ やめっ…」

銀時の声が響く。


動けないままの土方に、河上の一太刀が降ろされた。







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