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*花落し
□伝



静まり返った広い店の中。
銀時は独り窓の外を眺めて、うとうとと微睡んでいた。




高杉が転居を口にしてから半月。

少年達は各々別の店へ移り、賑やかだった店の中は少しずつ静かになった。




「ギンさん」

菓子を持って来た少年が、少し悄気た様に銀時に声をかけた。

「お あんがと …どうした?」
「僕…次の店が決まりました」
「良かったじゃねぇか」
「はい…でも」

笑いかける銀時を少年が見つめた。

「一緒にお茶するの もう最後かも…」
「…そうか」


彼は彼なりに銀時に懐いていたようだ。
短い間ではあったが、言葉を交わしていた時間はいつの間にかお互いにとって貴重になっていた。


「…でもほら 案外またその辺でばったり逢ったりしてな」
「……」
「そんな顔すんな 今度の店でも可愛がってもらいな」

今にも泣き出しそうな少年に、ふっと笑いかけて。
よしよしと頭を撫でて、帰した。


それから数日。
店から少しずつ人の気配が消えていく。

そして今は、番頭と銀時と数人の者―恐らく鬼兵隊の―が店の中に居た。




「此処か 白夜叉」

襖が開けられた。
入って来たのはサングラスをかけた男。


「…誰だっけ?」
「河上と言う 晋助から聞いてるでござろう」
「あー …」

銀時が頭を掻く。
高杉が寄越すと言っていたのはうっすら記憶していた。
確か鬼兵隊の一人だった筈だ。


「随分のんびりしたお出ましだな」
「暫く前には到着していた 店に入り込んだ者が居たりして奥まで来られなかったのでござる」
「入り込んで?」
「どこぞの間者でござろう」

高杉の考え通り、此処の事は知れている様だった。

「この奥の間は貴様が居るのと晋助が使う部屋でござるから 余計な者は入れないようにしてるのでござる」
「へー」

興味無さそうに返事を返し、銀時はまた視線を外に向けた。

「して もう支度は出来ているでござるか?」
「あー…まぁ特にこれと言ってねぇし」
「船の準備が調い次第発つでござる いつでも出られるようにしておけ」
「へぃへい」





――夕刻。
陰間茶屋「ほおずきや」の表に黒い着流しの男―土方が立った。

久しぶりに来た店。
いつもなら店の提灯に灯りが入る頃なのに暗いままの様子に、中を伺おうと右往左往していた。


からり


不意に店の戸が開いて店の番頭が顔を出した。

「あれ これは旦那…どういたしやした?」

見知った顔に少し安堵して、土方が話しかけた。

「いや…今日は休みか?」
「え あ まぁ…」
「あいつは 居るか?」
懐からすっと簪を出すと
「…えぇ 居りやすが」

歯切れの悪い返事をして、番頭が困ったような表情を見せる。

「無理に逢おうってんじゃねぇよ 彼奴に渡してくれ」

包んだ手拭いごとの簪と

「それと…土産だ」
風呂敷包みを一つ渡すと
「あ… へぃ」
少し申し訳なさそうに番頭はそれを受け取った。

「じゃあ」

そういって踵を返す土方を、番頭が深々と頭を下げ見送った。





「―ギン」

奥の間の襖が開き、入って来たのは滅多にそこへ来ない番頭だった。
振り向いて銀時が声をかける。

「あれ?オッサン珍しい」
「こいつを預かってきた」

そう言って、土方が寄越した荷物を渡す。

「…これ」

風呂敷包みに乗せられた手拭いには見覚えがあった。

「…あんがと」


襖が閉まって、座り直した銀時が手拭いを開く。
包まれていたのは銀色の簪。
やっぱりアイツか と風呂敷包みを開いた。

「…―」

新品の男物の下駄に、一筆箋が挟まれていた。


『明晩 煙草屋の前で待つ』


綺麗な、流れるように書かれたその文字はきっと、あいつのものだ。

「… 駄目だなぁ」

もう逢わないだろうと思っていた。
そんな心を動かす言葉に、髪を掻き上げて俯く。

「諦めてくれたと思ったんだけどなぁ…ったく」



銀の簪を摘み上げて、しゃらり と鳴らす。
自分の出発までももう僅かだ。

「… はぁ」

膝を抱えて、何度目かの溜息を漏らした。





夜が明けて、日も大分高くなった頃。
銀時の部屋は片付けも済み、生活感はほぼなくなった。
寝ていた布団を畳んでしまえばあとは行李が一つ。
その上に、一つの包み。
貰った下駄が入っている。

「今夜…か」

実はまだ行こうか決めかねていた。
今、店や部屋の周りは高杉の手下がうろついているから、前の様に簡単には出られない。

でもきっと、これを逃したらもう…


「…― 」


つ と包みの端を引っ張った。





「失礼します」

真選組屯所。
部屋に篭り書類と格闘中の土方の所へ監察の山崎が来た。

「副長の言っていた店ですが 先日河上の姿を確認しました」

数人の攘夷浪士の報告も受け、これからどう探るかと土方が煙草を啣え思案し始めると、山崎が少し声を潜めて言う。


「高杉が… 出てくるかもしれません」
「根拠は?」
間を開けず聞いた。
「河上が来ている事と 身元の怪しい船が港に接岸しています」
「そうか」

薄々思っていたがやはり来たかと土方は紫煙を吐き出した。
船が来ているならそう時間はない。

「明日早朝 船を見に行くぞ」
「はい」



山崎が下がり、煙草を灰皿に押し付けると再び書類の山に向き直る。

夕方には此処を出て例の場所へ向かわなければ。
そして明日朝には港へ。
…思っている通りの事が起きるなら、奴と関わることも、立場も…

 ―全部…




もやもやと煮え切らない心持ちを無視するように筆を走らせた。






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